敵将に拾われた声なき令嬢、異国の屋敷で静かに愛されていく
『どのようなうわさですか……?』
「だから……その、あなたは兵士に顔を見せたのだろう?」
やけに歯切れが悪い。
『いけません……でしたか?』
「いけなくはない。いけなくはないが、兵士たちが騒いでいたのだ。途方もなく美しい娘がルヴェランへ渡りたいと助けを求めにきたと」
ラスは怒っているようなぶっきら棒な声をあげ、合わせた目をすぐにそらした。
「だから俺は……どんな娘かと聞いた」
なぜ、彼が動揺するような態度を取るのかわからず、ティナはさらに彼の言葉を待つように、ゆっくりとまばたきをした。
「……ち、違うっ。興味本位で尋ねたわけではない。兵士を騒がせるようなことがあってはならないからだ。……聞けば、淡いアメジストのような瞳を持つというではないか。もしかしたら、あなたかもしれないと思って……」
彼は何かに追われるかのように、早口でまくしたてる。
『どうして、私と……?』
「俺はあなたしか知らないからだっ」
ラスはいきなり叫ぶと、勢いよく立ち上がる。椅子が揺らぐと、彼は自身が興奮していることに気づき、倒れそうになる背板をつかんだ。
「と、とにかくだ。あなたの容姿は珍しい。ルヴェランでも、そのような瞳を持つ娘は見たことがない。気をつけて生活することだ」
『やはり、ルヴェランでも安心できませんでしょうか?』
ラスがセレバルに来ることができたように、今ならセレバル国王の息のかかる者たちがルヴェランへやってくることも容易だろう。
「もちろん、危険がないとは言わないが、あなたのことは俺が守る。ただ……騎士団員に会うこともあるだろう」
何を心配しているのか、彼はうめくように言う。
『ごあいさつはきちんといたします』
「……そうではなくて、俺はあまり女っ気がないのだ。屋敷に娘を住まわせていると知れたら、不本意にからかわれることもあるだろう。その……あなたはそういう不粋な輩を知らないだろうから、言ってもわからない話かもしれないが」
きょとんとするティナを見て、ラスは盛大なため息をつくと、マギーをちらりと見る。
「俺の留守の間、カリスト嬢を頼む。誰か尋ねてきても、客人はいないと対応してくれ」
「もちろんです。ライモンド様からもそのように申し付けられてます」
「そうか。そうだな……そうするように言ったのだったか」
戸惑いをあらわに、ラスは漆黒の髪をぐしゃりとつかむ。
「ですが、ラス様。ティナ様もずっと屋敷にこもられていては退屈なさるでしょう。今日のような天気の良い日は城下町まで足を伸ばしてもよろしいですか?」
「あ、ああ……かまわない。それより、マギーはティナと呼んでいるのか?」
「え……、はい。そのようにでかまわないと、ティナ様がおっしゃってくださいましたので」
「そうか。……ティナ、か」
ラスはつぶやいたあと、どこか決まり悪そうにうつむき、ふらりとティナの部屋を出ていった。
『お気を悪くされたのでしょうか?』
心配になって、ティナはすぐさま、マギーの目の前へボードを差し出す。マギーはちょっとおかしそうに口もとをゆるめていたが、ひかえめに書いた文字を見るなりハッとして、やんわりと笑顔を作る。
「いいえ、そんなことは。ラス様はああ見えて、とても気をつかうお方ですから、扱いに迷っていらっしゃるのでしょう」
『繊細な方ですね』
「繊細と言いますか……、貴族を苦手に感じておられると思っていたので、私には意外で……」
ティナは驚いて、まばたきをする。
「ゲレール様や騎士団員の方以外とは気安く交流なさいませんし、まるで、貴族たちを憎んでいるように見えたときもあって……」
ラスの立ち去った扉を見つめながら、マギーは何かを思い出しているのか、ひとりごとのようにつぶやく。
(憎む……? そんなふうには、とても見えなかったけれど)
ラスをよく知るわけではない。それでも、ティナに対してあからさまな敵意を見せたことはなかった。
ティナが思い悩むように、馬のいななきの聞こえる窓辺へと視線を向けると、マギーはあわてた。
「ご心配には及びませんよ。ティナ様に向けてのことではありませんから。むしろ、丁重におもてなしするよう言いつけられております。ラス様のご様子がおかしいのは、ティナ様がきっと特別なお方だからですよ」
マギーの目にはそう見えているらしい。だから、騎士団員も誤解するだろうと、ラスは警告したのだ。
(特別って……どんな意味かしら)
和平交渉で、ラスから勇気を与えられたこと。雪の中、助けてもらったときの心強さ。そんなラスとの交流を思い出し、ティナは一瞬、心の奥が温かくなるのを感じたが、それをすぐに打ち消した。
(モンレヴァルの娘だから。きっと、それだけ)
モンレヴァルの血筋は、ルヴェランにとって尊いものだ。だから今は保護してくれているだけ──ティナは小さなため息をつく。
(嫌われては……ないわよね?)
「だから……その、あなたは兵士に顔を見せたのだろう?」
やけに歯切れが悪い。
『いけません……でしたか?』
「いけなくはない。いけなくはないが、兵士たちが騒いでいたのだ。途方もなく美しい娘がルヴェランへ渡りたいと助けを求めにきたと」
ラスは怒っているようなぶっきら棒な声をあげ、合わせた目をすぐにそらした。
「だから俺は……どんな娘かと聞いた」
なぜ、彼が動揺するような態度を取るのかわからず、ティナはさらに彼の言葉を待つように、ゆっくりとまばたきをした。
「……ち、違うっ。興味本位で尋ねたわけではない。兵士を騒がせるようなことがあってはならないからだ。……聞けば、淡いアメジストのような瞳を持つというではないか。もしかしたら、あなたかもしれないと思って……」
彼は何かに追われるかのように、早口でまくしたてる。
『どうして、私と……?』
「俺はあなたしか知らないからだっ」
ラスはいきなり叫ぶと、勢いよく立ち上がる。椅子が揺らぐと、彼は自身が興奮していることに気づき、倒れそうになる背板をつかんだ。
「と、とにかくだ。あなたの容姿は珍しい。ルヴェランでも、そのような瞳を持つ娘は見たことがない。気をつけて生活することだ」
『やはり、ルヴェランでも安心できませんでしょうか?』
ラスがセレバルに来ることができたように、今ならセレバル国王の息のかかる者たちがルヴェランへやってくることも容易だろう。
「もちろん、危険がないとは言わないが、あなたのことは俺が守る。ただ……騎士団員に会うこともあるだろう」
何を心配しているのか、彼はうめくように言う。
『ごあいさつはきちんといたします』
「……そうではなくて、俺はあまり女っ気がないのだ。屋敷に娘を住まわせていると知れたら、不本意にからかわれることもあるだろう。その……あなたはそういう不粋な輩を知らないだろうから、言ってもわからない話かもしれないが」
きょとんとするティナを見て、ラスは盛大なため息をつくと、マギーをちらりと見る。
「俺の留守の間、カリスト嬢を頼む。誰か尋ねてきても、客人はいないと対応してくれ」
「もちろんです。ライモンド様からもそのように申し付けられてます」
「そうか。そうだな……そうするように言ったのだったか」
戸惑いをあらわに、ラスは漆黒の髪をぐしゃりとつかむ。
「ですが、ラス様。ティナ様もずっと屋敷にこもられていては退屈なさるでしょう。今日のような天気の良い日は城下町まで足を伸ばしてもよろしいですか?」
「あ、ああ……かまわない。それより、マギーはティナと呼んでいるのか?」
「え……、はい。そのようにでかまわないと、ティナ様がおっしゃってくださいましたので」
「そうか。……ティナ、か」
ラスはつぶやいたあと、どこか決まり悪そうにうつむき、ふらりとティナの部屋を出ていった。
『お気を悪くされたのでしょうか?』
心配になって、ティナはすぐさま、マギーの目の前へボードを差し出す。マギーはちょっとおかしそうに口もとをゆるめていたが、ひかえめに書いた文字を見るなりハッとして、やんわりと笑顔を作る。
「いいえ、そんなことは。ラス様はああ見えて、とても気をつかうお方ですから、扱いに迷っていらっしゃるのでしょう」
『繊細な方ですね』
「繊細と言いますか……、貴族を苦手に感じておられると思っていたので、私には意外で……」
ティナは驚いて、まばたきをする。
「ゲレール様や騎士団員の方以外とは気安く交流なさいませんし、まるで、貴族たちを憎んでいるように見えたときもあって……」
ラスの立ち去った扉を見つめながら、マギーは何かを思い出しているのか、ひとりごとのようにつぶやく。
(憎む……? そんなふうには、とても見えなかったけれど)
ラスをよく知るわけではない。それでも、ティナに対してあからさまな敵意を見せたことはなかった。
ティナが思い悩むように、馬のいななきの聞こえる窓辺へと視線を向けると、マギーはあわてた。
「ご心配には及びませんよ。ティナ様に向けてのことではありませんから。むしろ、丁重におもてなしするよう言いつけられております。ラス様のご様子がおかしいのは、ティナ様がきっと特別なお方だからですよ」
マギーの目にはそう見えているらしい。だから、騎士団員も誤解するだろうと、ラスは警告したのだ。
(特別って……どんな意味かしら)
和平交渉で、ラスから勇気を与えられたこと。雪の中、助けてもらったときの心強さ。そんなラスとの交流を思い出し、ティナは一瞬、心の奥が温かくなるのを感じたが、それをすぐに打ち消した。
(モンレヴァルの娘だから。きっと、それだけ)
モンレヴァルの血筋は、ルヴェランにとって尊いものだ。だから今は保護してくれているだけ──ティナは小さなため息をつく。
(嫌われては……ないわよね?)