敵将に拾われた声なき令嬢、異国の屋敷で静かに愛されていく



 城下町の入り口で馬車を降り、マギーとふたりで街の中へ進んだ。

 溶けてわずかに形をとどめるだけの雪だるま、手袋をして駆け回る子どもたち、道端でおしゃべりをする婦人に、荷車を引く男たち……。

 彼らはティナを見ても、大した関心は示さない。むしろ、マギーは街で顔の知れた娘らしい。街ゆく人に「元気でやっているか?」と声をかけられ、彼女も愛想を振りまいていた。セレバルから逃げてきたことを知られたらどうしようと緊張していたティナも、初めて自由を得たように、次第に警戒を解いていった。

「ティナ様、城下町にはたくさんのお店があるんですよ。王家御用達のお店には金の旗が立っていますから、そちらを目印にお選びになるといいと思います」

 マギーの説明を受けて、ティナはうなずきながら、辺りを見回す。薄い雲のかかる空に、ところどころ金の旗が揺れている。

 どんなお店があるのだろう。寄り道をしてみたい気持ちにかられながら、ティナはお目当ての羊皮紙を求めて石畳の道を進む。

 すると、ほどなくして広場へと出た。どうやら、城下町の中心までやってきたようだ。ティナは広場に置かれた、見上げるほど大きな三体の彫像を見つけると、足をとめた。

「あれは、国王様たちの彫像です」

 ティナの興味が彫像に向いていると察したマギーが口を開く。

「左側にいらっしゃるのが、初代ルヴェラン国王アルフレート様です。セルヴァランの分裂を最後まで拒み、戦い抜いた偉大なる国王様です。そして、右側は現国王マティアス・ハイド・ルヴェラン陛下です。先代国王の宰相としてご活躍された、とてもお優しい方……と聞いています」

 なぜか、マギーは語気を弱めると、少しだけまぶたを伏せた。

(何かしら……)

 ティナは不思議に思いつつ、防寒着の中から取り出したボードに、炭筆で書いた文字を彼女に見せる。

『宰相?』
「あっ、そうなんですよ」

 戸惑いと憂いをないまぜにしたような表情で彫像を見上げていたマギーは、すぐにいつもの元気な顔つきになって、うなずいた。

「先代の国王様にお子さまがいらっしゃらなかったので、宰相であったマティアス様が枢密院の会議によって次期国王に選ばれたのです」
『会議で決まるの?』
「ルヴェランでは珍しくないんですよ。ただ、国王になったら、『ルヴェラン』と名乗る決まりがあるので、マティアス・ハイド様を、マティアス・ハイド・ルヴェラン様とお呼びしているんです」

 ティナはルシアンの言葉を思い出していた。ルヴェラン国王には後継になる子息がいないと。それは国の衰退だと言っていたが、そうではない。これまでもルヴェランは、血筋に頼らず、有能な者を王にすることで栄えてきたのだろう。

 ふたりのルヴェラン国王の彫像から目をそらしたティナは、中央に置かれた像を熱心にじっと見つめた。その男の顔立ちには見覚えがあった。

「お気づきになりましたか? ティナ様。あのお方は、セルヴァランの初代国王アルジャン様です。アルフレート様が最後の最後まで守り通したかったモンレヴァルの偉人です」

 やはりそうだ。エレオノーラから託された、サン・アルジャン金貨に刻まれた国王と同じ顔をしている──。

「ティナ様はアルジャン様に導かれてルヴェランへお越しになられたのかもしれませんね」

 これは運命だと、マギーは誇らしい目をする。

『ルヴェランではモンレヴァルを尊んでいるのですね』
「もちろんです。アルジャン様のおかげで、この寒い大地に平和がもたらされてきたのです。セレバルと二つの国に分かれてしまったのは残念ですが、ルヴェランは常にセレバルに対しても公平な気持ちでいるよう教えられています」

 だから、ルヴェランはセレバル出身のラスを騎士団長にし、ティナがラスに匿われていると知っているはずのゲレールも、いまだに黙認してくれているのだろう。

『良い国ですね』

 そう書いて見せると、マギーは花を咲かせたような笑顔になる。

「ティナ様も、ずっとここにいてくださいね」

 ずっといられるかはわからない。ラスに守られた穏やかな日々を送っていると、つい忘れてしまいそうになるが、セレバル国王はティナの行方を追っているだろう。

 もし追手につかまれば、セレバルへ連れ戻されてしまう。そうなれば、ラスやマギーとも、二度と会うことはできない……。

 ティナの胸のうちは複雑だったが、口もとをあげてにこりとする。

「そろそろ行きましょう。羊皮紙はこの広場の先のお店で扱ってるんです。もう少しですよ」

 意気揚々と歩き出すマギーについていこうとしたティナは、細い路地の角にある店へと視線を向けた。その店に金の旗はなく、なんとも言い様のない薄暗い雰囲気が、逆にひと目を引く。

(なんだか、冷気が漂うようね……)

 店の中は見えず、ガラス越しに吊るされたタペストリーだけが不気味にきらめいている。

「ティナ様、あの店に近づいてはいけませんよ」

 素早くそばにやってきたマギーが、押し殺した低い声で警戒心をあらわにする。

『何のお店ですか?』

 尋ねると、彼女はあからさまに顔をしかめる。

「質屋ですよ。装飾品などを持ち込んでお金に変えるんです。でも、あの店は普通の質屋じゃありません。盗品でも何でも、手当たり次第に扱ってます。城下町で平然と昼間から店を開いてるあつかましさといったら……」
『盗品も売っているのですか?』
「はい。それも、盗まれた持ち主が買い戻せないぐらいの過剰な金額をつけているんです」
『よく知っているのね』
「あたりまえですよ! サナのお姉さんも被害に遭って……」

 マギーは自身の大きな声に驚いたように身をすくめ、小さな声でささやく。

「サナのお姉さんは半月ほど前、泥棒に入られて結婚指輪を盗まれたんです。最近、その指輪が、あの質屋で売られてるとわかって……。お姉さん、明るくて優しい人なのに、こんなことになって落ち込んでしまってるんです」

 サナと聞いて思い浮かぶのは、栗色の髪のメイドだった。マギーとよく親しげに話しているのを見かけたことがある。

「何度も交渉したんですが、質屋は値下げしないの一点張りだそうです。珍しいアレキサンドライトの指輪ですから、高値をつけても売れると見込んでるんですよ」
『ひどいですね……』
「本当に……。あ……、申し訳ございません、こんな話をお聞かせしてしまって。サナのお姉さんは、ご夫婦でパン屋を営んでいるので、羊皮紙を買ったら寄ってみましょう。きっとおいしいパンに出会えますよ」

 マギーはわざとらしく鼻をクンクンとさせると、まるで匂いに導かれたかのように、ふたたび、軽い足取りで歩き出した。
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