敵将に拾われた声なき令嬢、異国の屋敷で静かに愛されていく
 質屋の店主とラスが知り合いだなんて驚いた。どんな? と聞いてもいいか迷っているうちに、看板もない店のドアを、ラスはためらいなく押して中へ入っていった。

 店内へ入る勇気のないティナは、彼の後ろ姿をそっと目で追いかけていたが、ラスの気取らない声が聞こえて、恐る恐る店内を眺め見た。窓から差し込む光があるにも関わらず、どこか陰鬱で、カウンターの一部だけを照らすランプの火が揺らめき、やはり気味が悪い。

「ティナ、彼がバルドだ。この店の主で、もう十年以上の付き合いになる」

 ラスが平然と声をかけてくる。

 そんなに古くから? だったら、店主の人となりは十分にわかっているのだろう。意を決して、ティナはカウンターに近づく。奥に立つのは、無精髭を生やした壮年の男だった。

「おやおや、うわさのお嬢さんじゃないか。ようやくお披露目かい?」

 バルドという男は、フードから覗く薄紫の瞳を見るなりにやにやと笑う。しかし、思いのほか、ねばりつくような嫌らしさを感じさせない、さっぱりとした口調だ。

「大切な客人だ。丁重に頼む」

 ラスがすごむと、バルドはおかしそうに、ひゃっひゃっと笑う。

 彼は、絵本の中で見た、海賊のような身なりをしていた。笑うたびに鈍い光を放つ金のフープイヤリングが揺れ、指につけた大きな宝石がギラギラと光る。実直なラスとは真逆の、ティナが今までに出会ったことのない粗野な振る舞いを見せる男には、戸惑わずにいられない。

「屋敷に囲っておいて、大切な客人ったー恐れ入るよ。なあ、ラスよー、おまえはこの娘の身分をごまかすために、恋人が会いにきたと関所を通し、宿じゃ同じ部屋に泊まったのかもしれんが、その娘の目色は何もあざむけないぜ」
「誤解だ」

 恋人ではないし、同じ部屋には泊まっていない。ラスはそれを否定したのだろうが、そう誤解されても仕方のないことをしたのは事実。しかし、あのときは必死だったとはいえ、なるべく目立たないように行動したはず。さまざまな情報を握るというバルドの本領を、早速見せつけられた気がした。

「何が? 俺はおまえが十五のときから知ってんだよ。女を連れてるのは初めて見たぜ? 誰が客人だなんて信じるかよ」
「違うと言っている」
「カァー、おまえはいくつになっても堅物だなぁ。なんでもいいが、その娘、モンレヴァルなんだろ? セレバルにはもう、その娘がここにいるって知られてるぜ?」

 先ほどまでのふざけた様子とは打って変わって、バルドは深刻な目をすると声を低めた。

「どこまで知ってる?」

 ラスが警戒するような声をあげると、バルドはうひゃうひゃと笑って肩をすくめる。

「俺は地獄耳のバルド様だぜ? 誰も知らないようなことも知ってるさ」
「彼女を不安がらせないでくれ」

 だから連れてくるのは嫌だったんだ、とばかりにラスはしかめ面をする。

「何も知らない方が不安だろ? どうせ、セレバルにはバレてんだ。堂々と暮らした方が楽だぜ?」
「危険な目に遭わせたくない」
「わかってんだろ? おまえに関わった時点で、その娘はもう巻き込まれてんだよ」

 何か憂えたのか、バルドは苦虫をかみつぶしたように表情を歪める。

(私が……? 彼が巻き込まれたのではなくて?)

 ティナは驚くが、ラスの横顔からは感情が消えている。

「セレバルから追手は来てるのか?」

 慎重な口調で、ラスは尋ねた。バルドも調子のいい笑みを消し、カウンターに腕をついて前のめりになる。

「最近、セレバルからの行商が不自然に多いんだよ。大した買い付けもしないくせに、同じ顔が何度も行ったり来たりしてやがる。商人のふりをしているが、あれはよく訓練された兵士だろうよ」
「ゲレール侯はそれを?」
「いや、まだ話してないね。俺が買い上げた指輪の出どころがうんたらかんたらうるさくてよー。俺は持ち込まれた宝石を買ってやっただけだってのによ」

 まるで、世間話するように、バルドはぼやき始める。

「指輪?」
「なかなかお目にかかれない、すげぇ指輪だぜ?」
「セレバルと何か関係があるのか?」
「いや、ないね。ゲレールが調べてるのは治安のためさ。ま、ご苦労なこったってやつさ」

(もしかして、その指輪って……)

 あわててラスの腕に触れると、彼は眉をあげる。

「ティナは興味あるのか?」

 ティナはすぐさまうなずいた。あまりに乗り気だからか、ラスは違和感を覚えたように眉をひそめたが、何も聞かずにバルドへ向かって言う。

「その指輪とやらを見せてくれ」
「いいぜ。おまえもびっくりするぜ? とんだ掘り出しもんだからよ」

 バルドは誇らしげに胸を張ると、後ろを振り返り、棚に置かれた木箱へと手を伸ばす。

「指輪を売ったやつはどこ行ったって、ゲレールが口うるさく聞きにくるから、知らねーよ、もうとっくにここから出ていっただろって言ってやったんだけどな、昨日も来やがったぜ。あきらめ悪いから困ってんだ」

 愚痴愚痴言いながら、バルドは木箱をカウンターの上に乗せる。木箱を開けると、中には真紅の布が敷かれ、いくつかの宝石やネックレスが無造作に入っていた。
< 26 / 61 >

この作品をシェア

pagetop