敵将に拾われた声なき令嬢、異国の屋敷で静かに愛されていく
「ラスフォード様、お手紙を読まれましたか?」
ティナはすぐさま立ち上がって、ラスへと近づいた。彼は見たことのない、怒りというより、焦りが極度まで達したようなすさまじい形相で駆け寄ってくる。
カタリーナでも、どんなに気に入らないことがあろうと、ここまでの表情を見せたことはなかった。あまりの狼狽ぶりに、ティナはほんの少しおかしくなって、口もとをゆるめた。すると、彼はぴしゃりと声を張り上げた。
「あなたは何がおかしいのかっ。いきなり、こ、このような手紙を……」
興奮でのどをつまらせ、ラスは握りしめた羊皮紙を突き出し、小刻みに上下に振った。
どうやら、感情的なカタリーナに慣れていたからか、ティナは自分よりもはるかに大きな男に萎縮することなく、驚くほどに冷静だった。
「何も、後足で砂をかけようというものではありません。お手紙にも書きましたように、ラスフォード様には大変な感謝を。静養のおかげでしょうか、こうして声を取り戻すこともできました。これからは私の足で歩いていきたいのです」
ラスはぐうの音も出ないような様子で唇を震わせたが、すぐさま落ち着きを取り戻し、短く息を吐いた。
「ティナがおとなしいばかりの令嬢でないのはわかっていた」
「失望……されましたか?」
ティナは少々不安になって尋ねた。声が出ないころは、おそらく、余計なことを言わないおとなしい娘に見えていただろうことは百も承知だった。しかし、ラスの返答は意外なものだった。
「するはずがない。あなたが和平交渉の場に現れると聞いたときから、わかっていたと言ったのだ。臆病な令嬢であれば、あのような場においそれとは出てこないであろう。あなたが責任感の強い方だということを忘れていた自身を恥じている」
「では、孤児院でお手伝いすることをお許しくださるのですね?」
「それとこれとは話が違う。仮に、孤児院で働くにしても、なぜ、屋敷を出ないといけないのか」
「孤児院はこちらのお屋敷と同じように安全なのではありませんか? 子どもたちを守るため、護衛の兵士が常に見張りをしていると聞きますし、人々の出入りも限られた者のみになっていると聞きます」
「そんな話、誰から……」
ラスはふと、騒ぎを聞きつけてやってきたマギーを振り返った。彼女は肩をすくめ、「そのような話をしたようなしないような……」と、気まずげにつぶやく。
ともあれ、マギーがいなくとも、ティナが決意するのは時間の問題だったはずで、ラスはマギーへ何か言いかけたが、すぐに追求を断念した。
「だいたい……」
ラスは声を絞り出し、ふたたび、手紙を突き出してきた。
「だいたい、なぜこんな大切なことを手紙にするんだ。あなたはもう話せるようになった。言いにくいから手紙にしたのではないのか」
「いいえ。大切な話だからこそ、きちんと思いを伝えるために手紙にしたためたのです。ご無礼でしたら謝りますが、なぜそのように不機嫌でいらっしゃるのですか?」
挑戦的だとでも思ったのか、ラスはカァッと首筋を赤くした。それはみるみると皮膚を這い上がり、真っ赤に染め上げられた顔を、彼は大きな手でこすった。
「あ、あなたが心配だからだ」
「何が心配ですか?」
まっすぐに見つめると、純粋な薄紫の瞳を直視できないとばかりに彼は顔をそらした。
「俺がいらぬ話をしたせいとはいえ、あなたは昨夜、倒れたばかり。きちんと養生してからでないと……いや、たとえ元気であっても……」
「もうすっかり良くなりました。ご心配には及びません」
「だから……いや、その……」
ラスが首筋に浮かぶ汗をぬぐうと、マギーが駆け寄ってきて、ティナにこっそり耳打ちする。
「ラス様は、ティナ様にいていただきたいんですよ」
「ご迷惑ではないんですか?」
ティナが驚いてまばたきをすると、ラスがゴホンとわざとらしく咳払いする。
「マギー、余計なことは言うな。とにかく、あなたはここで暮らさないといけない。孤児院で働くにはゲレール侯の許可も必要。俺の一存では何も決められないんだ」
「では、侯爵閣下にお伺いしてくださるのですね?」
ティナが期待を込めて尋ねると、ラスは鼻がしらにしわを寄せ、ヒクヒクとほおを引きつらせながら、後ろを向いてしまう。
「俺に……少し時間をくれ。いいかげんな気持ちでは答えられない」
彼は苦渋の決断を迫られたみたいに低い声で言うと、足早に部屋を出ていった。
ティナはすぐさま立ち上がって、ラスへと近づいた。彼は見たことのない、怒りというより、焦りが極度まで達したようなすさまじい形相で駆け寄ってくる。
カタリーナでも、どんなに気に入らないことがあろうと、ここまでの表情を見せたことはなかった。あまりの狼狽ぶりに、ティナはほんの少しおかしくなって、口もとをゆるめた。すると、彼はぴしゃりと声を張り上げた。
「あなたは何がおかしいのかっ。いきなり、こ、このような手紙を……」
興奮でのどをつまらせ、ラスは握りしめた羊皮紙を突き出し、小刻みに上下に振った。
どうやら、感情的なカタリーナに慣れていたからか、ティナは自分よりもはるかに大きな男に萎縮することなく、驚くほどに冷静だった。
「何も、後足で砂をかけようというものではありません。お手紙にも書きましたように、ラスフォード様には大変な感謝を。静養のおかげでしょうか、こうして声を取り戻すこともできました。これからは私の足で歩いていきたいのです」
ラスはぐうの音も出ないような様子で唇を震わせたが、すぐさま落ち着きを取り戻し、短く息を吐いた。
「ティナがおとなしいばかりの令嬢でないのはわかっていた」
「失望……されましたか?」
ティナは少々不安になって尋ねた。声が出ないころは、おそらく、余計なことを言わないおとなしい娘に見えていただろうことは百も承知だった。しかし、ラスの返答は意外なものだった。
「するはずがない。あなたが和平交渉の場に現れると聞いたときから、わかっていたと言ったのだ。臆病な令嬢であれば、あのような場においそれとは出てこないであろう。あなたが責任感の強い方だということを忘れていた自身を恥じている」
「では、孤児院でお手伝いすることをお許しくださるのですね?」
「それとこれとは話が違う。仮に、孤児院で働くにしても、なぜ、屋敷を出ないといけないのか」
「孤児院はこちらのお屋敷と同じように安全なのではありませんか? 子どもたちを守るため、護衛の兵士が常に見張りをしていると聞きますし、人々の出入りも限られた者のみになっていると聞きます」
「そんな話、誰から……」
ラスはふと、騒ぎを聞きつけてやってきたマギーを振り返った。彼女は肩をすくめ、「そのような話をしたようなしないような……」と、気まずげにつぶやく。
ともあれ、マギーがいなくとも、ティナが決意するのは時間の問題だったはずで、ラスはマギーへ何か言いかけたが、すぐに追求を断念した。
「だいたい……」
ラスは声を絞り出し、ふたたび、手紙を突き出してきた。
「だいたい、なぜこんな大切なことを手紙にするんだ。あなたはもう話せるようになった。言いにくいから手紙にしたのではないのか」
「いいえ。大切な話だからこそ、きちんと思いを伝えるために手紙にしたためたのです。ご無礼でしたら謝りますが、なぜそのように不機嫌でいらっしゃるのですか?」
挑戦的だとでも思ったのか、ラスはカァッと首筋を赤くした。それはみるみると皮膚を這い上がり、真っ赤に染め上げられた顔を、彼は大きな手でこすった。
「あ、あなたが心配だからだ」
「何が心配ですか?」
まっすぐに見つめると、純粋な薄紫の瞳を直視できないとばかりに彼は顔をそらした。
「俺がいらぬ話をしたせいとはいえ、あなたは昨夜、倒れたばかり。きちんと養生してからでないと……いや、たとえ元気であっても……」
「もうすっかり良くなりました。ご心配には及びません」
「だから……いや、その……」
ラスが首筋に浮かぶ汗をぬぐうと、マギーが駆け寄ってきて、ティナにこっそり耳打ちする。
「ラス様は、ティナ様にいていただきたいんですよ」
「ご迷惑ではないんですか?」
ティナが驚いてまばたきをすると、ラスがゴホンとわざとらしく咳払いする。
「マギー、余計なことは言うな。とにかく、あなたはここで暮らさないといけない。孤児院で働くにはゲレール侯の許可も必要。俺の一存では何も決められないんだ」
「では、侯爵閣下にお伺いしてくださるのですね?」
ティナが期待を込めて尋ねると、ラスは鼻がしらにしわを寄せ、ヒクヒクとほおを引きつらせながら、後ろを向いてしまう。
「俺に……少し時間をくれ。いいかげんな気持ちでは答えられない」
彼は苦渋の決断を迫られたみたいに低い声で言うと、足早に部屋を出ていった。