敵将に拾われた声なき令嬢、異国の屋敷で静かに愛されていく
 この屋敷へ来てから、毎日のようにラスへ宛てて書いた手紙。懐かしくて、感慨深く手に取ると、はらりと一枚の羊皮紙が床にすべり落ちる。ティナはあわてて拾い上げようとしてしゃがみ込み、ベッドからはみ出る羊皮紙に気づいた。

「あら、ここにも……」
「ティ、ティナっ。それはかまうな」

 動揺をはらんだラスの声と、ティナが羊皮紙の端を引っ張ったのは同時で、大きな枕の下からどさりと羊皮紙が落ちてくる。

 ラスの長い腕が肩越しから伸びてきて、大きな手が枕を押さえつける。ティナがふしぎそうにラスを見上げると、彼はこめかみをピクピクとさせて、吐き捨てるように言った。

「べ、別に毎晩、寝る前に、あ、あなたの手紙を読んでいるわけじゃない。置く場所がないから仕方なくこうしているだけだ」

 ラスの言葉が事実でないことは、真っ赤になった彼の顔を見れば明らかだった。

「……毎晩、読んでくださってるんですか?」

 きょとんとしながら尋ねると、ラスは羊皮紙の山を枕の下に押し込んだ。

「だから違うと……」
「私は、うれしいですよ」
「なんだと?」
「うれしいと申し上げました。私の手紙をこんなにも大切に読んでくださる方がいらっしゃるんだと思って」

 ティナは素早く立ち上がり、にこりとして彼を見つめる。ラスはグッとのどに何か詰まらせるような顔をしたが、もう怒ったりはしなかった。

「本当は……ご迷惑ではないかと心配していたんです」
「そんなはずあるわけない。あなたのなんでもない日常を眺めるのは、戦場を生きる騎士にとって、な、何よりもの癒しなんだ」
「ラスフォード様は私の言葉に癒されていたのですか?」

 率直に尋ねているだけなのに、彼はとんでもなくまずいことを聞かれたみたいに取り乱した。

「はっ……、何を言う……。そうだっ。あなたは知らないのか、モンレヴァルであるアルジャン国王の金言は、今でも人々の生活を豊かにしていることを」
「多くの哲学書は、アルジャン国王のお考えがもとになっているとは聞いたことがありますが……あの、私の手紙はそんなに大層なものではなくて」

 なぜか必死なラスに、ティナは戸惑った。

「ラスフォード様は、私にアルジャン様と同じような価値があるとお思いなのですか?」
「あなたの価値は計り知れないだろう」
「モンレヴァルでなければ、私には大した価値はありません。ラスフォード様は何か勘違いされているように思います」
「あなたはモンレヴァルだ。何を嘆く必要がある?」

 ラスは何も知らないからそう言える。モンレヴァルに対して、崇高な思いがあればあるほど、何も取り柄のないちっぽけな自分に、彼は失望するだろう。

「ラスフォード様は、貴族たちが私と結婚したがっているとおっしゃいました」
「事実だ。先の晩餐会でも、あなたのことを知りたがる貴人はたくさんいた」

 それは初耳だったが、同時に合点がいった。だから、ラスは貴族たちから求婚されてはないかと疑っていたのだ。

「もし、貴族たちが私との結婚を願っているなら、その背景には、サン・アルジャン金貨があるからです」
「金貨……」
「そうです。サン・アルジャン金貨は、私がモンレヴァル一族であるということを公的に示すもの。貴族たちは私よりも、サン・アルジャン金貨を欲しているのです。私が金貨を持っていないとわかれば、結婚したいとは思わないでしょう」

 ヴェルナード国王もそうだった。アルジャン金貨を渡さなかったから、ティナの罪を許さなかった。

「金貨は……、いや、金貨がなくても、あなたの瞳が、モンレヴァルの証になるではないか。金貨がないことで、あなたは苦労してきたというのか?」

 ラスの顔には苦渋が満ちていた。

「この容姿である私が、モンレヴァルであることを証明できても、私と縁を結んだお相手が、モンレヴァル一族だと証明するのには金貨が必要なのです。でも、もうあれが私の手もとに戻ることはないでしょう。ラスフォード様がいま、私の目の前にいる。その事実が、それを証明しているのではありませんか?」

 息を飲むラスに、ティナはそっと語りかける。

「私は十歳で声を失いました。それから一年ほど経ったころのことです。治療のため、医師のもとへ通っていた私は、あの日も王宮の前を通りがかりました。すると、いさかいの声が聞こえ、騒ぎに気づいた馬車がとまりました。何ごとだろうと、私は窓の外をのぞいたのです。あの光景は、今でもはっきりと覚えています──」
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