敵将に拾われた声なき令嬢、異国の屋敷で静かに愛されていく
───数ヶ月後
「ティナ様っ! ティナ様、た、た、大変ですっ」
部屋で過ごすティナのもとへ、マギーが勢いよく駆け寄ってくる。ライモンドに頼まれ、帳簿に目を通していたティナは、何ごとかと顔をあげた。
「どうしたの? マギー。珍しくあわてたりして」
「あわてもしますよ、ティナ様。たったいま、騎士団員の方から聞いたんですが、ラス様、伯爵の爵位を授かるそうなんです」
「本当ですか?」
まばたきをすると、マギーはうれしげに両手の指を胸の前で組み合わせる。
「本当ですとも。ラス様たっての願いで、領地なしの名誉伯爵を授かるそうなんですが、それにしても、素晴らしいことですっ」
「では、変わらずここで暮らせるのですね?」
「そうですよ。ゲレール様はいずれ、国王になるのだから、領地などあってもないようなものだとおっしゃったそうで、それよりも王都に暮らす方が大切だとのお考えだそうです」
「お、王に……ですか?」
ティナがびっくりした声をあげると、開いたままのドアから苦笑いするラスが姿を見せる。
「ラスフォード様、今のお話は本当ですか?」
急いでラスに駆け寄ると、彼は静かにうなずく。
「正直、爵位に興味はないのだが、ティナを守るために必要だからな」
「私のため……ですか?」
「そうだ。爵位がなければ、結婚も許されぬなら、迷うことはないと受けることにした。あなたのためなら、何にでもなろうと決めている」
「結婚……っ」
その言葉で胸が跳ねた。ほおが熱くなるのを、どうにも止められない。同様に、赤らむほおを押さえるマギーに気づいたら、ますます首筋まで熱くなるのに気づいた。
「あなたが望むなら……だが」
ティナはハッと息を飲み、髪をかくラスの手をぎゅっとつかんだ。
「望まないはずはありません。む、むしろ、いつおっしゃっていただけるのかと……」
ずいぶんはしたないことを言ってしまったと両手で顔を覆うと、ラスが手首をそっとつかんで顔をのぞき込んでくる。
「あなたがおとなしいばかりの娘でないことは承知している。俺と結婚してくれるだろうか」
「は、はい。謹んでお受けいたします」
ラスの整った顔をじっと見つめる。口づけをしてほしいし、してしまいたい。しかし、彼はマギーの目を気にするように、コホンと咳払いして、胸もとから丸めた羊皮紙を取り出した。
「では、早速なのだが、結婚請願書にサインをお願いしたい。ゲレール侯が急かすものだからな。あなたの心が落ち着いたころに、ここへ」
ティナは何も書かれていない羊皮紙をじっと見つめた。結婚請願書は、永遠の愛を誓うもの。死が二人を分つその時まで、永遠に結ばれていますようにと願いを込めて──。
「ラスフォード様、羊皮紙を別のものでお願いしてもよろしいですか?」
「別とは?」
ティナがうなずくと、マギーがハッとして棚を開き、木製の箱をテーブルへと運ぶ。
「それは?」
ふしぎそうに眺めるラスの前で広げられるのは、絹のように柔らかで真っ白な羊皮紙だ。
「以前、お見せしたことがありますよね? 実は……この羊皮紙は、恋が叶うという逸話があるもので、これから愛を紡ぐ私たちにぴったりのものだと思うのです」
ラスは少々、理解できないような表情を見せたが、まるで、そのような逸話を信じるティナがかわいらしくてたまらないというように、そっと笑む。
「あなたの望むようでかまわない」
「私たち、生涯ずっと恋が叶い続けますね」
うれしげに羊皮紙を胸にあて、幸せそうにほほえむティナを、ラスはたまらず抱きしめた。
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結婚請願書
我ラスフォード・エイルズは、フロレンティーナ・カリストと夫婦の契りを結び、共に国と民の安寧に尽くすことをここに誓います。
つきましては、この結婚を陛下にお認めいただきたく、謹んで請願いたします。
ラスフォード・エイルズ
フロレンティーナ・カリスト
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長い冬が明けたある心地よい春の日に、ふたりは結婚請願書を教会へ提出し、裁可を得る。その後、ふたりが幸せに暮らしたことは言うに及ばずであり、ラスフォード・エイルズ・ルヴェラン王が誕生するのは、もう少し先の話である。
【完】


