黒兎の相棒は総長でも止められない
第1章

2人だけの車内


 

 

静かなエンジン音だけが響く車内。

凪くんはハンドルを握りながら、微動だにしない。

相変わらず無愛想で、目も合わせてこない。

 

「……」

 

私も喋るタイミングが掴めなくて
ひたすら窓の外を見つめたまま、沈黙が続く。

 

内心ではめちゃくちゃドキドキしてる。

だって――

よりによって凪くんが来るなんて思ってなかったんだから。

 

「……」

 

……無理。
この空気耐えられない。

私は意を決して口を開いた。

 

「……あの、今日はその、わざわざありがと……」

 

「…………」

 

無反応。

え、無視?今の無視??

 

「ねえ、聞いてる?」

 

凪くんはやっと視線だけこっちに寄越して、短く答えた。

「別にお前のために来たわけじゃねぇし」

 

「……は?」

 

カチンときた。

こっちだってお礼くらい言ってるのに。

 

「……じゃあ、なんで来たのよ」

 

「は?だからアイツ(兄貴)の頼みだっつってんだろ」

 

その言い方がまた腹立つ。

私が困ってるとか、そういうの一切関係ないんだって感じが滲み出てて。

 

「……ほんと感じ悪いね、あんた」

 

その瞬間、凪くんの目がほんの少しだけ鋭くなった。

口元は笑ってないけど、軽く鼻で笑った声だけが返ってくる。

 

「……あ?お前、あいつの妹じゃなかったら今のマジ許してねぇからな」

 

ゾクッとした。

低い声が、車内に響く。

けど、その声にどこか甘さというか――妙なドキドキが混ざってて、自分でも意味わからなくなる。

 

「別に怖くなんかないし……」

 

「へぇ、強がんのは得意なんだな?」

 

私は思わず口を尖らせる。

「……あんたの方が性格悪いくせに」

 

凪くんは小さく笑って、また前を向いた。

「あいつの妹じゃなきゃ、こんな送迎なんて二度とやんねぇわ」

 

言い方は最悪だけど、今はそれでも
ほんの少しだけ距離が縮まったような気がして――

私は小さく息を吐いた。

 

車内には再び静かなエンジン音だけが流れていた。



……車は静かに住宅街に入っていった。

家まであと少し。

さっきの会話のせいで微妙に空気が重いまま、私は助手席に座ってる。

 

正直、怖かったのもあるけど
……むしろ、それ以上に――

 

この人、変に気になる。

あんな冷たいくせに
たまに少しだけ優しさ滲ませてくる感じとか。

 

ほんと、ああいう男が一番危ないんだよな……

 

 

「……ここでいいから」

 

やっと家の前に着いた私は、ほっと息をついた。

 

凪くんはエンジンを切らずに、前だけ向いて短く答える。

 

「……じゃあな」

 

「……ありがと」

 

ほんの少しの間。

でも降りようとした瞬間――

 

凪くんの声がふっと落ち着いた低さで響いた。

 

「……兄貴に怒られんぞ、あんま遅くまで出歩くな」

 

「……別にいいし」

 

「は?」

 

「……あんたには関係ないし」

 

凪くんは口の端だけわずかに上げて小さく笑った。

 

「ほんっと素直じゃねぇな」

 

「うるさい」

 

私はそっぽを向いたまま車を降りた。

玄関の鍵を開ける手が少し震えてるのに、自分でも呆れる。

 

ドアを閉める直前
もう一度だけ車の方を振り返ると
凪くんの車は、静かにゆっくり走り去っていった。

 

――この日を境に
私と凪くんの妙な距離感は、ゆっくり動き出していく。
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