黒兎の相棒は総長でも止められない

凪との距離

静かな車内のまま、ゆっくりと車が停まった。

高層マンションの駐車場。

 

「着いたぞ」

 

「……うん」

 

緊張でぎこちなく返事をしながら降りる。

凪くんが私の荷物を片手で持ち上げ、そのまま先に歩き出す。

 

オートロックのエントランスを抜けてエレベーターに乗り込むと
二人きりの狭い空間に、またドクンドクンと心臓の音が響き始めた。

 

(なんか…エレベーター狭い…)

(近い…!)

 

横に立つ凪くんは、まるでいつも通りの落ち着いた表情。

でも私は緊張で目線を合わせられず、床を見つめるしかなかった。

 

「……そんな硬くなんな」

 

凪くんがふっと低い声で笑った。

 

「な!…なってないもん!」

 

「バレバレ」

 

「……!」

 

エレベーターが止まり、凪くんが先に部屋のドアを開ける。

 

「ほら、入れ」

 

「おじゃまします…」

 

部屋は意外とシンプルで綺麗だった。

無駄に派手でもなく、男の一人暮らしって感じの落ち着いた空間。

 

「荷物そこ置いとけ」

 

「あ、うん…」

 

荷物を置き、私はソファに腰を下ろした。

落ち着かない。けど無理に動くわけにもいかず
手を膝の上でぎゅっと組んだまま固まる。

 

凪くんはキッチンへ向かい、ペットボトルの水を二本取り出して戻ってくる。

 

「ほら」

 

「ありがとう…」

 

ペットボトルを受け取った指先も微かに震えてた。

 

「緊張しすぎ」

 

凪くんはテーブルの向こう側に腰を下ろしながら、軽く顎を上げる。

 

「大丈夫。今んとこ、手ぇ出す予定はねぇから」

 

「……っ!!」

 

心臓が思い切り跳ねた。

 

「ば、バカじゃないの!?なんでそういうこと言うの!?」

 

「だから冗談だって」

 

わざとからかうような笑み。

でもその少し低めの声と余裕ある表情に
私はまた顔が熱くなるのを止められなかった。

 

(ほんとに…もう…なんなの…)

 

けど――まだこの夜の本番は、始まってもいなかった。
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