黒兎の相棒は総長でも止められない
なんでまた?
昼休み。
教室の隅でお弁当をつつきながら、私はスマホを睨みつけていた。
通知はたった一件。
【お兄ちゃん】
「……また?……」
由梨が隣で覗き込んでくる。
「またお兄ちゃん?どしたの?」
「財布落としたんだって」
沙耶が呆れた声を上げる。
「え?また?何回目よ」
「今回は警察に届けられたらしくて……。今、警察署にあるんだって」
「うわぁ……」
由梨と沙耶が揃って溜息。
私はスマホを軽く振りながら苦笑いした。
「ほんっとさ……少しは自分で取りに行けっての……」
『今忙しいからお前行ってきて』
『警察署、学校から近ぇだろ?』
『頼むな、七星』
兄からのメッセージは
一方的で、相変わらずだった。
「ま、でも学校帰りに寄るだけなら近いし、いっか……」
(ほんと女遊びばっかしてんだから…)
***
放課後。
私は警察署の窓口で
兄のおバカな財布を受け取っていた。
「こちらですね、お兄さんのもの」
「ありがとうございます……」
手元の財布には、派手なラウンジの名刺が数枚。
どうせまた女絡みで落としたんでしょ、って思うと
心底呆れてしまう。
「……ほんっと……お兄ちゃんさあ……」
警察署を出て
門の前まで歩いたその時だった。
黒い車が静かに停まる音が聞こえた。
ゆっくりとウインドウが下がる。
そこにいたのは――
「ちっ……お前かよ」
鷹宮凪くんだった。
思わず声が漏れる。
「は?」
凪くんは無表情のまま軽く顎を動かす。
「お前の兄貴に頼まれた。『迎え行ってやれ』ってな」
「また……?」
「また」
私は盛大にため息をついた。
「……ほんっとお兄ちゃんってさ、使い方雑すぎない?」
「まあ、族の仕事で動けねぇらしいからな。今日も揉めてるっぽいぞ?」
「……はあ…今日は女の子じゃないんだ…」
相変わらずの兄だけど
族の総長としての忙しさはちゃんとあるんだと思うと
そこは何も言えなくなる。
でもよりによって
またこの人が迎えに来る流れは納得いかない。
「…てか…私、別に一人で帰れたんだけど」
「だったら帰れば?」
「はあ!?だからさ、そういう言い方やめな?」
凪くんが少しだけ鼻で笑った。
「……お前、ほんっと口悪いな」
「……あんたがムカつくことばっか言うからでしょ」
「は?……お前、あいつの妹じゃなかったら、マジ許してねぇからな」
……またそれ。
もう何回目だろ。
でもこのやり取りも、少しずつ日常みたいになってきてる自分が
ちょっとだけ、腹立たしい。
「……はやく乗せてよ」
「……ああ」
助手席に乗り込むと
今日もまた、静かな車内が始まった。