黒兎の相棒は総長でも止められない

手首を掴まれたまま、息が少しずつ浅くなる。

凪くんの顔が目の前にある。

触れそうで触れない、その距離がずっと胸を締めつけていた。

 

ドクン、ドクン――

心臓の音だけが静かな部屋に響いている。

 

「ほんとに……いいんだな」

 

低く囁くような声。

私は小さく頷いた。

もう逃げようなんて気持ちは消えていた。

 

凪くんの手がそっと頬を撫でる。

優しく、指先が肌をなぞるたびに全身が熱くなる。

 

ゆっくりと顔が近づいてくる。

静かに、静かに距離が埋まって――

唇が、そっと重なった。

 

柔らかく、ゆるやかに重なったその感触に、胸の奥がじんわり熱くなる。

静かな呼吸が重なる。

凪くんの唇が一度だけ少し離れ、また角度を変えて重ねてくる。

 

触れ続けるその時間は、とても穏やかで、けれどどこか危うくて。

息が自然と詰まっていく。

 

「……怖いか?」

 

低い声が、触れるように落ちる。

私は小さく首を横に振った。

 

凪くんが静かに腰へ手を回し、優しく引き寄せる。

身体が重なり合い、熱がさらに高まっていく。


 

「……っ」

 

小さく息を吸い込む。

目の奥が熱を帯びる感覚。

 

凪くんは、ゆっくりと私をベッドへと誘導する。

シーツがゆっくり沈む音だけが耳に残った。

 

見上げた先に、真剣に揺れる凪くんの目がある。

そこに嘘も、冗談も、余裕ももう見えなかった。

 

けれど――

ふいに凪くんの手が、ゆっくり横の引き出しに伸びた。

 

そこから、あの時私が見たもの――細い手錠を取り出す。

 

「……まだ気になってんだろ?」

 

私は息を呑んだまま、言葉が出せなかった。

 

「さっき見てただろ?」

 

凪くんが手錠を指先でくるくる回しながら、目を細めて私を見下ろす。

 

「……もし本当に嫌なら、今やめる」

「……でも――

試したいなら別」

 

静かに落ちるその一言に、喉が一瞬詰まった。

 

けど――拒めなかった。

 

言葉は出せず、けれど自然に手首がそっと伸びた。

自分の意思なのか、流れに飲まれてるのか分からなくなる。

でも、逃げようという感情はなかった。


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