婚約者が妹と結婚したいと言ってきたので、私は身を引こうと決めました
「まあ、座って。そんなに緊張しなくていい」

そう言って、クリフは私の肩をそっと押し、ソファへと促した。

まるで昔の、優しかった頃の彼を思わせる声色だった。

私はゆっくりと腰を下ろし、背筋を伸ばしたまま彼の出方をうかがう。


「ここは、あの頃よく話していた部屋だよ。覚えているかい?」

「……ええ。覚えています」

窓際の観葉植物。壁に掛けられた風景画。

昔と何一つ変わっていないのに、ここはもう懐かしい場所には感じなかった。

ただ、記憶の中の温もりだけが、静かに胸を締めつける。


「はい、どうぞ」

クリフは自らポットから注いだ紅茶を私の前に差し出した。

湯気がふわりと立ちのぼる。やけに甘い香りがした。

「……ありがとうございます」

両手でカップを包み込むように持つと、その重みと温かさが私の心をかすかに落ち着かせた。

けれど、まだ飲む気にはなれない。

なぜか、本能が止めろと告げているような気がした。


「ねえ、アーリン」

クリフは私の名を柔らかく呼び、斜め向かいのソファに腰を下ろした。

その眼差しは、真っ直ぐに私を見つめている。

「君とこうして向かい合って話すのは、どれくらいぶりだろうね」

「……もう、何年も前のことです」

「そう。あの頃は、君が私のすべてだった」
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