婚約者が妹と結婚したいと言ってきたので、私は身を引こうと決めました
 クリフは私の正面に座り、穏やかな笑みを浮かべていた。

「昔と変わらないな。君は本当に優しい。こうしてまた話せて嬉しいよ。」

 その笑顔に、かつての優しいクリフを重ねそうになった。

しかし、それと同時に、身体にじわじわと重みがのしかかってくる。まぶたが、重い。


「……少し、眠い……」

 私は額に手をやり、ぐらつく身体を支えた。

「疲れているのかもしれないね。ベッドで休むといいよ。」

 クリフの声が遠くに聞こえる。だめだ、今は……こんな場所で……。

「……いえ、帰らなければ……」

そう言おうとした唇が、思うように動かない。


 立ち上がろうとしたその瞬間、膝が崩れ、よろけた私を、クリフの腕が優しく支えた。

「大丈夫、大丈夫。何も怖くない。私はただ、君を愛しているだけだ。」

 その囁きが、異様に静かで、冷たく感じられた。


「……まさか……何か、入れたの……?」

 問いかけは声にならず、息と共に掠れて消える。

目の前がゆっくりと暗くなる中、私はクリフの胸元にしがみついた。

彼の体温が、恐ろしいほどに無感情に思えた。

「アーリン。もう君を離さない。君はもう、私のそばにいるしかないんだ。」

 耳元で囁かれたその声に、背筋が凍る。眠ってはいけない――心の奥でそう叫んでも、意識は深い闇に引きずられていった。

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