年下敏腕パイロットは想い焦がれた政略妻をこの手で愛して離さない


「送ります」
咄嗟にそう口にしたが、若林さんは大人びた表情で俺に視線を向けた。

「大丈夫よ。いつももっと遅い時間に帰るもの」
そうきれいに笑うと、彼女は颯爽と停まっていたタクシーへと乗り込む。

「おやすみ」

「おやすみなさい」 

俺の声が彼女に届いたかどうかはわからなかった。 タクシーが静かに発進し、赤いテールランプが夜の闇に溶けるように遠ざかっていく。

今まで、送ってほしいと誘う女性ばかりだった。
一緒にいる時間を少しでも引き延ばそうとするのが、これまでの「見合い相手」にはよくあることだった。

けれど、彼女は本当に俺に興味がないのだろう。そのことをはっきりと理解した瞬間、あのころの淡く苦い想いが蘇った。
今の俺はあのころとは違う。

「……どうするかな」
思わず零れた言葉は、夜の静寂に吸い込まれていった。


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