情欲の淵

事後

「風呂、入るぞ」

 ポンポンと背中を優しく叩かれる。渚は胸板にゆっくり埋めていた顔を上げた。すぐ目の前には士道の優しい眼差し。顔が更に近づいて、唇に柔らかい感触が押し付けられた。

「ふ………ん? んぅうっ」

 それが士道の唇だと気付いた瞬間、渚の鼓動が大きく脈打った。僅かに開いた隙間から差し込まれる舌先。けれどそれはすぐに離れていった。残ったのは甘い小さな欠片。

「………飴ちゃん?」
「そう。さっきタオルを取りに行った時、テーブルから一つ失敬したんだ」
「び、びっくりした」
「そうかそうか」

 そう言いながらも目を細めて微笑む士道に、熱は上がる一方だ。やっぱり嬉しいと思ってしまう自分は、一体どうしてしまったんだろう。士道が満足げな顔をして、渚の髪をぐしゃぐしゃと撫ぜた。嬉しいけれど、不意打ちはやめてほしい。心臓が止まりそうだ。今もまだ煩いくらい心臓が鼓動を打っている。頬に熱が集まって、口の中の飴が一瞬で溶けてしまいそうだ。

「さっきから可愛い声を全然聞かせてくれないから心配していたんだ」
「かっかえらしとこなんてないよ」
「渚」
「ん?」

 首筋に柔らかく触れるもの。幽かな水音に言葉を無くす。

「仕返し」
「ひゃあっ」

 思わず首筋を押さえて睨むけれど、士道はしてやったりと言わんばかりの笑みを浮かべたままだ。

「あんまり可愛い事ばっかりしてると、本気になるよ」
「本気?」
「ああ」

 そっと唇を塞がれる。一瞬の触れ合いだったけれど、気付いてしまった。

「渚?」

 柔らかく、どこか甘い響きで名前を呼ばれて、今度は自分からそっと士道の唇へキスで答えた。
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