キスはボルドーに染めて
 呆れたようにため息をつく運転手に、陽菜美は姿勢を正すと、申し訳なさそうに頭を下げる。

「わかりました……本当にすみません……」

「じゃあ、出しますよ」

 陽菜美の返事を聞いた運転手は、もう一度ため息をつくと、右へとウインカーを出した。


 その時、急にコンコンと車の窓が叩かれた音が聞こえ、陽菜美は不思議そうに窓の外に目を向ける。

 その瞬間、陽菜美は窓から覗くその顔に息を止めた。

「蒼生……さん……?」

 そう名前をつぶやいた途端、陽菜美の瞳は涙でいっぱいになる。

「陽菜美、ごめん」

 蒼生の口元がそう動いた気がして、陽菜美は勢いよくドアを開け放つと、溢れだす涙とともに蒼生の胸に飛び込んだ。

 蒼生は、周りも気にせず「わぁ」と声を上げて泣く陽菜美を抱き止めると、優しく包み込むように力を込める。


「陽菜美、ごめん。君に辛い思いをさせて、本当にすまない」

 身体を伝って聞こえてくる蒼生の声は、いつもと変わらず陽菜美が大好きな蒼生の声だ。

 どれだけ傷ついても、どれだけ心を壊しても、それでも陽菜美には蒼生しかいないのだと思い知らされる。

 陽菜美は泣き止むこともできずに、ただ蒼生のシャツをぎゅっと握り締めながら、いつまでもその胸に顔をうずめていた。
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