キスはボルドーに染めて
 取り繕うようにそう言いながらも、陽菜美の瞳からは次から次へと涙が零れ落ちた。

 あれだけ大泣きしてもまだ、涙は枯れ果てず次々と溢れだす。

 それからしばらく、ひたすら泣きじゃくる陽菜美の側に、男性は優しく立っていてくれた。

 初対面の男性に迷惑をかけていることはわかっているのに、その温かさが心に染みて、ボロボロになった陽菜美の心は少しずつ溶けていく気がする。

 ようやく陽菜美が泣き止んだ時、辺りはすっかり暗くなっていた。


「すみません。面倒なことに付き合わせてしまって……」

 陽菜美が泣きはらした目を上げると、男性の優しい瞳が揺れているように見える。

「いや、いいよ。むしろ羨ましいなと思って」

「え? 羨ましい……?」

 男性の言葉の意味がわからず、陽菜美は戸惑うように小さく首を傾げた。

 男性は寂しそうに笑うと、視線を遠くへ向ける。


「そこまで泣けるのが羨ましいよ」

 そう言った男性の瞳には、なんとも言えない憂いが映った気がした。
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