キスはボルドーに染めて
「本当にありがとうございました」

 見送りに出た陽菜美の耳に、皆のため息が聞こえてくる。

「……やばい。イケメンの笑顔って最強なんだけど」

「あれは罪だわぁ」

 夢見心地のまま帰って行く皆の背中を見送って、陽菜美はくすりと肩を揺らしながら扉を閉じた。


「いつからあんなに親しくなったんだ?」

 途端に静かになった室内で、蒼生が荷物と上着を机に置くと、シャツの袖をまくりながら顔を向ける。

「いつからって……そりゃ、今日からです!」

 陽菜美はお盆に湯飲みを乗せながら、にんまりとほほ笑んだ。

 その顔を見た途端、蒼生はまた楽しそうに声を上げる。


「やっぱり陽菜美は、はちゃめちゃだな」

 蒼生はそう言うと、デスクの椅子に腰かけて、鞄から資料を取り出した。

 陽菜美はサイドボードにお盆を置きながら、資料をぱらぱらとめくる蒼生の横顔をそっと眺める。


 ――みんなに知られちゃったなぁ、この笑顔……。


 陽菜美は小さく肩をすくめた。

 陽菜美だけが知っている蒼生の笑顔は、もう少し秘密にしておきたかった気もする。


 ――でも、蒼生さんへの誤解を解くきっかけになるのなら。


 陽菜美は再び振り返ると、蒼生の横顔をじっと見つめた。
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