私のことが必要ないなんて言わせません!【菱水シリーズ③】
「心が乱れることのないような相手と付き合うことをおすすめするよ」

これは別れの挨拶なのだと気づいた。

「そうね。今までありがとう、理滉」

「ああ」

にこりと微笑む梶井さん。
梶井さんは去っていく女の人を引き留める気なんて少しもなかった。
それがわかるのか、女の人はふいっと顔を背け、黙って店を出ていった。
去った後に残る女の人の甘い香水の香り。
梶井さんがつけている香水もとても甘い。
まるで人を誘惑するみたいな香り。
似た者同士の二人。
大人の恋愛をする二人の香りは私をドキドキさせた。
けれど、それは長く続かない。
甘い香水の香りはオレンジジュースの匂いに負け、台無しになってしまっていた。
自分が二人の間を邪魔してしまったような気がして複雑な気持ちになった。

「悪いけど、タオルかおしぼりもらえるかな?」

「すみません。今、お持ちします!」

言われて、やっと気づいた。
タオルもおしぼりも手渡さず、なにをぼんやり眺めていたのだろう。
恥ずかしい。
慌てておしぼりを取りに行って、梶井さんに差し出した。

「本当に申し訳ありませんでした。クリーニング代はお支払いさせていただきます」
< 4 / 174 >

この作品をシェア

pagetop