25年ぶりに会ったら、元・政略婚相手が執着系社長になってました

彼女の足に新しい靴を履かせたとき。
指先が彼女の足首に触れたあの一瞬——
まるで、全身の神経が彼女に引き寄せられるような感覚に襲われた。

柔らかな肌の温もり。
香水の包みを抱えた美和子が、うれしそうに微笑む。
その笑顔を目にした瞬間、喉の奥が焼けつくような衝動が走った。

——ああ、やっぱり俺は、まだ彼女が欲しい。


美和子が靴を選んでいる間、俺は一歩離れて、一本の電話をかけた。
行き先は、彼女を連れて立ち寄った宝飾ブランドの担当者。目的は一つ──美和子の指輪のサイズと、彼女がどんなジュエリーに心を動かされるのかを知るためだ。

もちろん、彼女に正直に話すわけにはいかない。だから、息子の颯真が佳奈にサプライズで指輪を贈ろうとしている──そんな設定を即興で作った。少しだけ脚色したが、あながち嘘でもない。
担当者には、美和子が指輪を試したときの反応、視線の動き、装着した時間まで、すべてを顧客リストに記録しておくよう伝えた。

本当は、指輪よりもネックレスやイヤリングの方が贈りたかった。彼女の首筋や耳たぶに目を向けるたび、俺の気持ちが露わになってしまいそうで。でも──いくらなんでも早すぎる。
だから代わりに選んだのが、ブランドの香水だった。彼女が密かに欲しがっていたと聞いて、これしかないと思った。

美和子は、予想以上に嬉しそうにそれを受け取った。
無邪気な笑顔で「ありがとう」と笑った。まるで、男が女に香水を贈る意味なんて知らないみたいに。

なあ、美和子──
気づいてるか？
この香水には、“俺が君を独占したい”って意味があるんだよ。
その意味ごと、君に届けたつもりだったんだ。


美和子を自宅まで送るつもりでいた。自然な流れのつもりだったが、彼女は「今日は一人になりたい」と、静かに断った。
俺のことが嫌いだからではない──そのことは、不思議とわかっていた。
それだけで、ホッと胸をなでおろす自分がいた。

無理に食い下がるのは違う。そう思い、素直に引き下がることにした。
そのかわり、「無事に帰宅したら、ひとこと連絡をくれると嬉しい」とだけ伝えた。

少し躊躇するような間があって、それでも彼女は律儀に頷いてくれた。
その夜、届いたのは短いメッセージだった。
《今、家に着きました。今日はありがとうございました》

たったそれだけのやり取り。
でも俺には、それがとても大きな一歩に思えた。
少しずつ──ほんの少しずつだが、彼女との距離が近づいている。
それを感じられただけで、俺の胸は妙に満たされていた。