25年ぶりに会ったら、元・政略婚相手が執着系社長になってました
墓参りを終えた午後、真樹はひとり書斎に戻った。
窓を開けると、初夏の風がカーテンを揺らす。
机の引き出しの中にしまい込んだままの、爽子との家族写真。
三人で笑っている写真だった。
颯真はまだ小さく、爽子はその肩に手を添えて微笑んでいた。
——いい母親だった。
そして、いい妻でもあった。
彼女のあの静けさと明るさに、どれほど救われていたか。
家庭を任せ、安心して働けたのも、彼女がいたからだ。
「……ごめんな、爽子」
ふと、言葉が漏れる。
なぜ、謝っているのか。
理由は、わかっていた。
美和子のことだ。
いや、もっと正確に言えば、美和子を“もう一度”愛したいと願っている自分自身への、後ろめたさ。
けれど——
真樹は気づいていた。
この後ろめたさの奥にあるのは、「爽子がいなくなったから愛を求めている」という短絡的なものではない、ということに。
真樹はそっと、写真立てを手に取り、微笑んだ爽子の瞳を見つめた。
そして、ごく自然に、ひとつ深く息を吐いた。
風が揺らすカーテンの音だけが、病室に響いていた。
淡く射しこむ午後の光。酸素モニターのリズムが、静かに命の終わりを知らせていた。
真樹はベッド脇の椅子に座り、やせ細った爽子の手を握っていた。
その手は、かすかに温かかった。
「……爽子」
呼びかけると、彼女はまぶたをうっすらと開けた。
白く乾いた唇が、小さく動いた。
「真樹さん……ありがとう」
声は、かすれながらも、澄んでいた。
「あなたと結婚して……颯真が生まれて……幸せだったわ」
ゆっくり、呼吸の合間に言葉を紡ぐ。
「……あなたのやり方は、不器用だけど……誠実だった。
仕事に向き合う姿も……家族を守ろうとする背中も、私は……好きだった」
真樹は、喉が詰まり、言葉が出なかった。
「颯真のこと……お願いね。
あの子には、あなたの強さと、私の明るさ……両方がちゃんとある。
だから……あなたが、ちゃんと支えてあげて」
そして、最後の力を振り絞るように、微笑んだ。
「……あなたと颯真の幸せを……願ってるわ」
一瞬、時間が止まったようだった。
「だから……あなたは、絶対に幸せになってね」
その一言とともに、爽子の目が静かに閉じられた。
モニターの音が、細い線を描いたまま、消えた。
真樹は、声も出せずに、ただ手を握りしめていた。
その手から伝わるぬくもりが、次第に消えていくことが、残酷な現実を知らせていた。
けれど——
彼女の最後の言葉は、まるで祝福のようだった。
「幸せになってね」
その言葉が、今も真樹の胸の奥で、生きている。
まるで、許されていたかのように。
まるで、背中をそっと押してくれているかのように。
——美和子に、会いたい。
——会って、もう一度、ちゃんと話がしたい。
今度は逃げずに、誤魔化さずに、自分の想いを伝えるために。
心の奥にあった“錆びた鍵”が、静かに外れる音がした気がした。
窓を開けると、初夏の風がカーテンを揺らす。
机の引き出しの中にしまい込んだままの、爽子との家族写真。
三人で笑っている写真だった。
颯真はまだ小さく、爽子はその肩に手を添えて微笑んでいた。
——いい母親だった。
そして、いい妻でもあった。
彼女のあの静けさと明るさに、どれほど救われていたか。
家庭を任せ、安心して働けたのも、彼女がいたからだ。
「……ごめんな、爽子」
ふと、言葉が漏れる。
なぜ、謝っているのか。
理由は、わかっていた。
美和子のことだ。
いや、もっと正確に言えば、美和子を“もう一度”愛したいと願っている自分自身への、後ろめたさ。
けれど——
真樹は気づいていた。
この後ろめたさの奥にあるのは、「爽子がいなくなったから愛を求めている」という短絡的なものではない、ということに。
真樹はそっと、写真立てを手に取り、微笑んだ爽子の瞳を見つめた。
そして、ごく自然に、ひとつ深く息を吐いた。
風が揺らすカーテンの音だけが、病室に響いていた。
淡く射しこむ午後の光。酸素モニターのリズムが、静かに命の終わりを知らせていた。
真樹はベッド脇の椅子に座り、やせ細った爽子の手を握っていた。
その手は、かすかに温かかった。
「……爽子」
呼びかけると、彼女はまぶたをうっすらと開けた。
白く乾いた唇が、小さく動いた。
「真樹さん……ありがとう」
声は、かすれながらも、澄んでいた。
「あなたと結婚して……颯真が生まれて……幸せだったわ」
ゆっくり、呼吸の合間に言葉を紡ぐ。
「……あなたのやり方は、不器用だけど……誠実だった。
仕事に向き合う姿も……家族を守ろうとする背中も、私は……好きだった」
真樹は、喉が詰まり、言葉が出なかった。
「颯真のこと……お願いね。
あの子には、あなたの強さと、私の明るさ……両方がちゃんとある。
だから……あなたが、ちゃんと支えてあげて」
そして、最後の力を振り絞るように、微笑んだ。
「……あなたと颯真の幸せを……願ってるわ」
一瞬、時間が止まったようだった。
「だから……あなたは、絶対に幸せになってね」
その一言とともに、爽子の目が静かに閉じられた。
モニターの音が、細い線を描いたまま、消えた。
真樹は、声も出せずに、ただ手を握りしめていた。
その手から伝わるぬくもりが、次第に消えていくことが、残酷な現実を知らせていた。
けれど——
彼女の最後の言葉は、まるで祝福のようだった。
「幸せになってね」
その言葉が、今も真樹の胸の奥で、生きている。
まるで、許されていたかのように。
まるで、背中をそっと押してくれているかのように。
——美和子に、会いたい。
——会って、もう一度、ちゃんと話がしたい。
今度は逃げずに、誤魔化さずに、自分の想いを伝えるために。
心の奥にあった“錆びた鍵”が、静かに外れる音がした気がした。