25年ぶりに会ったら、元・政略婚相手が執着系社長になってました
道路は空いていた。思っていたよりもずっと早く、美和子を送り届けることができた。

車を停めると、美和子が少し戸惑いながらも言った。

「……上がっていきませんか? 真樹さん、そんなに濡れていては風邪を引いてしまいます」

一瞬、胸が揺れる。
けれど真樹は、静かに首を振った。

「いや、大丈夫だ。このまますぐ帰るから」

「……私のせいで、すみません。でも……心配で」

「……ありがとう。気にかけてくれてうれしいよ」

美和子は小さく笑い、「ご自宅に着いたらメッセージしてくださいね。今日も本当に、ありがとうございました」と言い残し、車を降りた。

助手席のドアが閉まる音が、ひどく名残惜しく感じた。

──本音を言えば。
彼女の申し出を、受け入れたかった。
いや、それどころか、抱きしめて、唇を奪って、すべてを確かめてしまいたかった。

だが、それをしてしまえばもう自分を抑えきれなくなる。
雨に濡れてスカートが脚に張りつき、輪郭を浮かび上がらせたあの瞬間を、まだ忘れられずにいる。

早まるな。焦るな。

真樹は自宅へと車を走らせ、着くなり真っ先に風呂場へ向かった。
熱い湯に浸かりながら、深く息を吐く。

──君を手に入れるその日まで、俺は耐える。

湯気にまぎれて、こみ上げてくる衝動を、静かに押し殺した。



真樹さんから、「無事帰宅した」とメッセージが届いた。
それだけの短い文面なのに、ほっと胸をなでおろしている自分がいる。

……今日も、なんだか濃密な時間だった。

家具を選ぶ時間も、カフェでのやりとりも、たわいもない会話のはずなのに、心の奥にふわりと熱を残している。

思い返すのは、やっぱりあのとき——
豪雨のなか、真樹さんがとっさにジャケットを私の頭にかぶせてくれた瞬間。
何のためらいもなく、肩を引き寄せて、濡れないようにと車まで導いてくれたあの強さと優しさ。

肌越しに伝わる体温。
微かに香るコロンの匂い。
胸の奥が、少しだけ甘く、くすぐったくなる。

……嫌じゃなかった。
むしろ、あの瞬間、心から嬉しかった。
守られていると、感じた。

全身びしょ濡れになってまで私を気遣ってくれる真樹さん。
その優しさに、気づかないふりなんて、もうできそうにない。

——私、あの人のことを、どう思っているんだろう。

ふと、胸に手を当ててみる。
鼓動は、いつもより少しだけ早くて、少しだけ確かだった。
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