わがまま王子の取扱説明書
第十一話 舞踏会への招待状
ミシェルの暮らす宮殿に一通の手紙が届いた。
アレックはそれをミシェルの執務室に、
銀製のトレーに乗せて届けに来た。
それはゼノア宛の夜会への招待状だった。
差出人は夜会の主催者であるエルダートン卿、
ミシェルの母、ロザリアの叔父に当たる。
「ゼノア宛の夜会への招待状だ?」
そんなものは焼き捨ててしまえ」
ミシェルの眉間に、あからさまに皺が寄る。
(そもそもだ。そういう場所にゼノアを連れ出すとだなぁ、
ライバルが増える予感しかしないではないか。
ライバルというか、そもそも私はまだ
スタートラインにすら立っていないんだぞ!
心の底からやめてくれ! もしゼノアに変な虫が付いたら……)
そこまでを考えたところで、ミシェルの目が座る。
(駆逐するっ!)
かなりヤバい決心をするミシェルであった。
「っていうかアイツは未成年で、まだ12歳だぞ。
そんな如何わしい場所に出入りさせていいのか?」
ミシェルは執務室の安楽椅子にふんぞり返り、
横柄な態度でアレックに対峙する。
(正論を盾に私は断固アレックに抗議するぞ!)
ミシェルなりの一歩も引かぬという気迫を込めた抗議だったのだが、
どうやらこの敏腕執事の中では、
すでにゼノアの夜会への参加は決定事項だったらしい。
「ええ、そこはきちんとケジメをつけさせて頂き、
午後9時には返して頂きます」
磨き抜かれた眼鏡の蔓を中指でくいっと上げて、アレックが生真面目に答えた。
「っていうか断れ!」
ミシェルが半眼で見つめてくるが、アレックの表情は変わらない。
「今回の主催者がエルダートン卿でございまして」
エルダートンは、母の政敵でもある。
為迂闊なことはできない。
「ちっ、老いぼれが他国の王太子になんの用があるというのだ」
ミシェルが憎々し気に言った。
「サイファリアで発見された
新しい資源の利権といったところでしょうか」
敏腕執事の淡々とした口調の中に、
幾重にも重なった政治的思惑と駆け引きを嫌が応にも感じざるを得ない。
政治は戦争だとミシェルは思う。
それは子供である自分たちをも
例外なく容赦なく呑み込んでゆく。
そもそもゼノアがこの国に送られてきたことも、
政治の道具にされた所以であり、ミシェルをやるせない気持ちにさせる。
(親兄弟と引き離され、ゼノアは泣いていた。
ベッドの中で小さくなって震えながら、たった一人で泣いていたんだ)
自分もゼノアもまだ子供である。
何の力も持たない、ただの子供である。
本来ならば保護され、守られる存在なのだ。
「子供相手に大人気のない。なんとかならないのか、アレック」
ミシェルが苛立ったように問うた。
そこには怒りがある。
それは理不尽な大人たちへの怒りであり、
あまりに無力である自分への怒りでもあった。
「警護を筆頭貴族である我が一族、ブライアン家の者で固めさせる
手はずは整えておりますが、 なんとも……」
アレックが言葉を切った。
政治は戦争である。
(この敏腕執事もまた精一杯戦っているのだ、
私を守るために……。ならば)
「どうしてもゼノアを行かせるというのなら、私も行こう」
ミシェルがまっすぐにアレックを見据えた。
「それはっ!」
アレックのポーカーフェイスが崩れ、その眼差しが鋭くなった。
そんなアレックにミシェルは微笑んで見せた。
「大丈夫だ、案ずるなアレック。最近は体調もだいぶいい。
それに私はこの国の王太子として立たねばならぬ身、
いつまでも逃げていたとて問題は解決せん」
守られ、保護されるばかりの無力な子供のままでは、
きっといつまでもスタートラインに立つことはできない。
私は私のやり方で、愛する人を守る。
それが出来たときにはじめて、
私はスタートラインに立てるような気がするから。
アレックはそれをミシェルの執務室に、
銀製のトレーに乗せて届けに来た。
それはゼノア宛の夜会への招待状だった。
差出人は夜会の主催者であるエルダートン卿、
ミシェルの母、ロザリアの叔父に当たる。
「ゼノア宛の夜会への招待状だ?」
そんなものは焼き捨ててしまえ」
ミシェルの眉間に、あからさまに皺が寄る。
(そもそもだ。そういう場所にゼノアを連れ出すとだなぁ、
ライバルが増える予感しかしないではないか。
ライバルというか、そもそも私はまだ
スタートラインにすら立っていないんだぞ!
心の底からやめてくれ! もしゼノアに変な虫が付いたら……)
そこまでを考えたところで、ミシェルの目が座る。
(駆逐するっ!)
かなりヤバい決心をするミシェルであった。
「っていうかアイツは未成年で、まだ12歳だぞ。
そんな如何わしい場所に出入りさせていいのか?」
ミシェルは執務室の安楽椅子にふんぞり返り、
横柄な態度でアレックに対峙する。
(正論を盾に私は断固アレックに抗議するぞ!)
ミシェルなりの一歩も引かぬという気迫を込めた抗議だったのだが、
どうやらこの敏腕執事の中では、
すでにゼノアの夜会への参加は決定事項だったらしい。
「ええ、そこはきちんとケジメをつけさせて頂き、
午後9時には返して頂きます」
磨き抜かれた眼鏡の蔓を中指でくいっと上げて、アレックが生真面目に答えた。
「っていうか断れ!」
ミシェルが半眼で見つめてくるが、アレックの表情は変わらない。
「今回の主催者がエルダートン卿でございまして」
エルダートンは、母の政敵でもある。
為迂闊なことはできない。
「ちっ、老いぼれが他国の王太子になんの用があるというのだ」
ミシェルが憎々し気に言った。
「サイファリアで発見された
新しい資源の利権といったところでしょうか」
敏腕執事の淡々とした口調の中に、
幾重にも重なった政治的思惑と駆け引きを嫌が応にも感じざるを得ない。
政治は戦争だとミシェルは思う。
それは子供である自分たちをも
例外なく容赦なく呑み込んでゆく。
そもそもゼノアがこの国に送られてきたことも、
政治の道具にされた所以であり、ミシェルをやるせない気持ちにさせる。
(親兄弟と引き離され、ゼノアは泣いていた。
ベッドの中で小さくなって震えながら、たった一人で泣いていたんだ)
自分もゼノアもまだ子供である。
何の力も持たない、ただの子供である。
本来ならば保護され、守られる存在なのだ。
「子供相手に大人気のない。なんとかならないのか、アレック」
ミシェルが苛立ったように問うた。
そこには怒りがある。
それは理不尽な大人たちへの怒りであり、
あまりに無力である自分への怒りでもあった。
「警護を筆頭貴族である我が一族、ブライアン家の者で固めさせる
手はずは整えておりますが、 なんとも……」
アレックが言葉を切った。
政治は戦争である。
(この敏腕執事もまた精一杯戦っているのだ、
私を守るために……。ならば)
「どうしてもゼノアを行かせるというのなら、私も行こう」
ミシェルがまっすぐにアレックを見据えた。
「それはっ!」
アレックのポーカーフェイスが崩れ、その眼差しが鋭くなった。
そんなアレックにミシェルは微笑んで見せた。
「大丈夫だ、案ずるなアレック。最近は体調もだいぶいい。
それに私はこの国の王太子として立たねばならぬ身、
いつまでも逃げていたとて問題は解決せん」
守られ、保護されるばかりの無力な子供のままでは、
きっといつまでもスタートラインに立つことはできない。
私は私のやり方で、愛する人を守る。
それが出来たときにはじめて、
私はスタートラインに立てるような気がするから。