最恐の狗神様は、笑わない少女陰陽師を恋う。
(っ、こちらの手が一瞬で見抜かれた)
冷たい汗がたらりと背中を伝う。
怖い。だけどそう思っているのを悟られないよう唇を固く結ぶ。
「どなたかは存じませんが、月並みの妖ではないのは確かなようですね」
紫陽はさっと後ろに下がり、青年から距離を取る。
一度体勢を立て直し、夜の冷えた空気を可能な限り体に取り込むため深く息を吸う。
「皆の平穏な暮らしを守るために消えていただきます」
紫陽は強く地面を蹴り、相も変わらず余裕そうな笑みを浮かべる青年に斬りかかった。
──ここ陽華の国には、古来より人間と妖という異なる種族が存在していた。
人間は長い間、ずっと妖に怯えながら暮らしてきた。妖は霊力と呼ばれる不思議な力を持っており、その力をもって人間を襲う。その理由は人を食うためであったり、住処を奪うためであったりと様々だ。
そして残念なことに、刀や槍といった人間の使う武器は妖には基本効かない。だから人間にできることといえばせいぜい、妖が狂暴化しやすい夜に大人しく家に籠っていることぐらいだった。
しかし数百年前、人々のそんな生活に改善の兆しが見られた。