白銀の妖王は、笑わない少女陰陽師を恋う。
杏がいきなり大きな声を上げた。
城のどこにあたるかもわからず歩いていたが、いつの間にか城主たる狗神の執務室付近まで来ていたようだ。杏の目線の先には、何かを考える様子で格子窓越しに外を眺める狗神の姿があった。
「っ」
紫陽はつい身をすくめて立ち止まる。彼の姿を見たのはここに来た日の夜以来。
だが会わない間にも、彼に対する畏れは増長する一方だった。揺れる白銀色の長い髪が紫陽の中では恐怖の代名詞になりつつある。
「何日も紫陽様を放ったらかしにしてること、たっぷり文句言いにいきましょ!」
しかし杏は紫陽のそんな様子には気づかず、狗神の方に向かってまっすぐ駆け出してしまった。
主人を前にして、挨拶一つせずに隠れるのはさすがに非常識すぎる。紫陽は意を決して杏の後を追おうとした。
それとほぼ同時。
(……! 殺気)
全身の肌がビリビリと焼けるような明確な悪意。これまで陰陽師として妖と対峙する中で幾度となく味わってきたためよく知っている感覚だった。
咄嗟に身をかがめれば、頭上に縄のようなものが勢い鋭く飛んでくる。紫陽はさっと向きを変え、一旦近くの曲がり角まで逃げ込む。そして殺気の放たれた方向から目を離さないまま、短く息を吐いた。
「ちっ、勘が良いな」