あなたを紹介できない理由 ―この恋は、規則違反です―
ふと気になって、つい口にしていた。
当たり前すぎる質問だったかもしれないのに、言葉は止まらなかった。

「東条さんは……ご結婚されているんですか?」

東条さんは少しだけ驚いたように目を瞬かせたあと、口元に穏やかな笑みを浮かべた。

「これが、まだ独身でしてね。」

あくまで事務的なトーンなのに、どこか照れを含んだような響きがあった。

「……あら、素敵な方なのに」

自分でも、思いがけない一言だった。

声に出した瞬間、顔がじわっと熱くなるのがわかった。

けれど、東条さんはそんな様子に気づいたふうもなく、変わらない優しい声で言った。

「ありがとうございます。浅野さんも……とても素敵な方ですよ」

その一言に、鼓動が跳ねる。

営業トークの一つ、そんなふうに思えばいいのに。

なのに、胸の奥がくすぐったくて――少しだけ、うれしかった。

テーブルの上には、まだ書きかけのプロフィールシート。

“結婚相手を探す”場所で、なぜか自分の気持ちが、別の方向に揺れているのがわかった。
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