【不器用な君はヤンキーでした】

【第0話:プロローグ】

私、一ノ瀬叶愛(いちのせとあ)。18歳、高校3年生。
クラスではまぁまぁ明るい方で、顔も“ちょっと可愛い”ってよく言われる。

……けど、それなりに気をつかってるんだから当然でしょって話。
ネイルだって髪色だってメイクだって、ぜんぶ学校バレぎりぎりで調整してるんだよ。
あざとい? それ褒め言葉♡
男子ウケも女子ウケも狙ってこそ、女の子は完成するの。これは私のモットー。

でもね、いくら外見でちやほやされても、
肝心な“恋愛”ってやつだけは、なぜかいつも続かない。

「叶愛ちゃんってさ、可愛いしモテるでしょ? 俺じゃ釣り合わないよ」
「お前、他の男にも愛想よくするから、なんか……自信なくすんだよな」
「……好きだけど、遊ばれてる気がして無理」

……はい、どれも元カレの捨て台詞。
ね? もう呆れるくらい、恋愛センスがないの。
笑っちゃうでしょ? あざといのに、肝心なとこで“重い”とか“信用できない”って言われる。

私のどこがいけないのか、わからない。
でももう、わざわざ好きにならなくてもいいかな……って、最近はちょっと思ってた。

そう。
あの日、彼と出会うまでは。



「なあ、聞いた? 神咲、またやらかしたらしいよ」
「昨日の放課後、職員室で担任と口論になったらしいって……」
「マジで? 前もさ、職員ボコったとか言ってなかった?」

昼休み、廊下に響く男子たちの声。
笑い混じりでヒソヒソってほどでもない。むしろ、わざと大きめに喋ってる感じ。

――神咲瀬那(かんざき せな)

私たちの学校で“関わっちゃいけない人”ランキングぶっちぎり1位の、不良。
ていうか、完全に都市伝説。
普段はどこにいるのか誰も知らないのに、
なぜか「暴力で退学者出した」とか「教師殴って謹慎」とか「ナイフ持ってた」とか、
とんでもない噂だけが勝手に広まってる。

「なにそれ、またウソでしょ?」
隣でお弁当を開けた紗良が、呆れた顔で言った。
「うちのクラスじゃないし、マジで会ったことないんだけど」
「わかる。私も顔さえちゃんと見たことない」

そう、同じ学校なのに“都市伝説扱い”なのは、
瀬那がいつも本館の裏、旧校舎の方にいるから。
学校の端っこにある、その“別世界”みたいな校舎には、
ちょっとやんちゃな生徒とか、推薦とかで入ってきた問題児たちが集められてるらしい。

「……あんまり近づかない方がいいよ」
別の子がぽつんとつぶやいた。
「目つけられたら、最後って言うし」

――わたし、そういうの、ほんと苦手。
乱暴な人とか、怖い目とか、怒鳴り声とか……全部ムリ。
中学の時、同じクラスにいた“ちょっとイキってる男子”にしつこく絡まれて、
廊下で「こっち見んなブス」って言われたの、いまだにトラウマだもん。

だから、“不良”って聞いただけで無理。
神咲瀬那、絶対に関わることなんてない。

そう、思ってた――ほんの、数時間前までは。



放課後。
部活のミーティングが長引いて、私はいつもと違う裏門から校舎を出ることになった。

人気(ひとけ)のない、静かな道。
誰もいないのに、空気がちょっとぴりついてる気がして。
スマホ見ながら歩こうとしたけど、すぐにやめた。

「…………あ」

旧校舎の壁沿いにある、ちょっとした喫煙スペース。
そこに、ひとりの男の人が、座ってた。

スラッとしてて、でも肩幅はがっしりしてて。
制服は着崩してるけど、なんか、それすらも絵になる。
前髪は重ためで、目元が見えない。
手には、缶コーヒーとライター。

――え、これが、神咲瀬那……?

こっちに気づいた気配はない。
煙草も吸ってない。ただ、静かに、座ってるだけ。
背中にもたれて、ぼんやり空を見上げてる、その横顔。

全然、怖くなかった。

っていうか――

「…………」

思わず、見とれてしまった。
だって、ただの不良にしては、イケメンすぎる。
顔立ちも、空気も、仕草も。
全部が、ちょっとズルいくらい、大人びて見えて。

「あのさ。じっと見られるの、あんま好きじゃねーんだけど」

……ビクッ!

視線が合った。
深くて、鋭くて、でもどこか冷めた目。

ごめんなさいって思って、すぐに顔をそらした。
でも足が動かなくて、すぐにはその場を離れられなかった。

「なに。迷子?」

「ち、違います……」

「じゃあなに? 近づいちゃいけない人間に、わざわざ声かけてくれるとか、
君、ちょっといい子すぎね?」

「……声なんて、かけてません」

「じゃあ、喋ってんの誰?」

「…………っ」

返す言葉がなくて、唇を噛んだ。
彼は立ち上がると、缶をゴミ箱に放り投げた。
それだけで、距離がぐっと近づいた気がして、息を飲む。

「……怖い?」

低くて、落ち着いた声。
でも、そこにあるのは、怒りじゃなくて――皮肉でもなくて。
ほんの、すこしだけ、哀しそうな響きだった。

「……はい」
わたしは正直に答えた。

「でも、今はちょっとだけ……違うかも」

「へぇ」

彼は笑った。
ほんの一瞬、口元だけで。

それだけで、心臓が痛くなるくらいに跳ねたの、私だけ?
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