【不器用な君はヤンキーでした】

📘第5話《心拍数の距離》前編

翌朝。

目覚ましの音が鳴るより少し早く目が覚めた。
昨日のことが、夢みたいにふわふわと頭の中で繰り返されてる。

(瀬那くんの“秘密”、知れた気がする)
(そして私の“秘密”も、彼に渡してしまったような……)

カフェオレの缶。
指先がふれた感触。
「触りたくなる」って、あの声と距離。

顔が熱くなる。
まだ、キスなんてしてないのに。
それでも胸の奥が、じんわり火照ったままだ。

制服に袖を通しながら、そっと呟いた。

「会いたい……」

誰にも聞こえないような、私の心の声。



教室に入ると、ちょうど瀬那くんがドアの前にいた。
その存在感はやっぱり圧倒的で、けど、私はもう目を逸らさない。

「おはよう」

小さく声をかけた。

すると彼は――。

「おう、叶愛」

一瞬の間もなく、名前で呼んできた。

それだけで、昨日の“秘密”が、本物だったってわかった。

「……今日も、カフェオレ?」

「いや、今日のはブラック。寝起き悪かった」

「そっか」

会話は短くても、昨日よりずっと近い。

でも、それを見ていた周囲の視線は――少し、ざわついてた。

「あれ、今名前呼んだよね?」

「うそ、瀬那が女の子と喋ってる……」

「てか、叶愛ちゃんってあの……かわいい子だよね?」

誰かの小さな声が、確かに聞こえた。

でも、瀬那くんは一切気にしてない。

「気にすんな」

「……え?」

「見てくるやつらの視線。気にすんな。俺が隣にいる時くらい、安心してろ」

その言葉に、胸がぎゅっとなる。

(こんなの……ずるい)

不良なのに、怖いはずなのに。
彼がそばにいるだけで、こんなにも心が落ち着く。

「瀬那くん、ってさ」

思わず聞いてしまった。

「人に甘えるの、得意じゃないでしょ?」

「……なんだよ、いきなり」

「昨日、思ったの。いつも誰かに見張られてるみたいに、気を張ってる。……ちょっと、かわいそうって思っちゃった」

言った瞬間、後悔した。

“かわいそう”なんて、きっと瀬那くんが一番嫌う言葉だってわかってたのに。

けど――

「……バレてんな、ほんと」

瀬那くんは、笑った。

それは誰にも見せない、柔らかい笑顔だった。

「バレんの、叶愛だけだよ。……だから、お前といると油断すんのかもな」

その言葉で、距離がまたひとつ、縮まった気がした。

(これ以上、好きになったら……)

怖い。でも、止められない。

彼と過ごす日常は、少しずつ、私の中の“恋”を確実に育てていった。
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