【不器用な君はヤンキーでした】

第7話『始まりのキスと、嫉妬の予感』-前編-

春の空は、やけにまぶしくて。
光に透ける校舎のガラスに、ひとつだけ映ってる“姿”がある。
神咲瀬那。私の隣の席で、毎日、当たり前の顔をして呼吸をしている人。

「……あ、また見てる」

自分で気づいて、そっと目を逸らす。
見てないふりが、もう日課になってた。

登校の朝。校門の前で、バイクを止めている瀬那がいた。
いつもの黒いジャケット、制服は無造作に羽織ってるだけ。
それなのに、どうしてあんなに絵になるんだろう。

「……叶愛、おはよー」

「お、おはよう……」

背後から声をかけられて、急いで振り返る。
そこにいたのは友達の綾音。髪をゆるく巻いて、制服のスカートはちょっと短め。

「また瀬那見てたでしょ〜?」

「……え、見てないし」

「ふ〜ん?でも、さっき目合ってたよ」

「えっ……!」

焦ってもう一度振り返る。けど、そこに瀬那の姿はなかった。

「……うそ。見られてた?」

「ガン見だったよ、叶愛の方」

「ま、まじで……」

心臓がぎゅっと掴まれたみたいに痛い。
知らないうちに、彼に“見られてた”ことが、なんだか信じられなくて。
でも少し、嬉しくて。

(バレてたなら、もう隠す意味ないのかも)

そんなことを思ったくせに、次に教室で隣に座った彼を前にすると、私はまた目を伏せた。


「なぁ、なんで最近……避けてんの?」

「え……?」

4時間目が終わって、教室のざわついた空気の中。
瀬那が、机に肘をついたまま、ぼそっと言った。

「避けてないよ?」

「嘘。目、合わせない。話しかけてもそっけないし」

「ち、違うの……そっけないとか、じゃなくて……」

「じゃ、何?」

見上げると、その瞳がまっすぐにこっちを捉えていた。
どこまでも黒くて、でも澄んでいて。嘘を見透かされそうな視線。

「……瀬那が、かっこよすぎて。ちゃんと話せないだけ、だよ」

思わず、本音が漏れた。

次の瞬間、彼の目がぱちりと瞬いて、少しだけ笑ったように見えた。

「……お前、かわいすぎ」

「なっ……!」

からかわれたと思って、頬が熱くなる。
でも瀬那は、ちゃんと私の目を見たまま、冗談でも軽くもない声で言った。

「……俺の前だけで、そういう顔してろよ」

(どういう……顔……)

何もわからない。けど、こんなふうに目を見て、言葉をぶつけてくれるのが嬉しくて。
この人とちゃんと向き合いたい、そう思った。


昼休み。購買へ行こうと教室を出たら、後ろから肩を掴まれた。

「おい、待て」

「わっ……瀬那?」

「一緒に行く」

「え、購買に?!」

「お前、パンの取り合い負けるタイプだろ」

「ちょ、なんで知って……!」

「見てりゃわかる」

思わず笑ってしまった。
私、そんなにわかりやすいのかな。

でも、こんなふうに並んで歩けるようになったの、ほんの少し前から。

無言の時間も、瀬那となら平気になってきた。
ただ隣にいるだけで、安心するから。

パンを二人分買って、屋上のベンチに腰を下ろす。
春風が制服の裾を揺らして、瀬那の横顔をそっと撫でた。

「瀬那って、こう見えて優しいよね」

「……誰にも言うなよ?」

「ふふ、わかった」

そのやりとりすら、私の中では小さな宝物みたいで。
もっと知りたいって、もっと触れたいって、気づけばいつも思ってしまう。

この日常が、永遠に続けばいい。
……そう思っていた、このときまでは。

(後編へつづく)
< 15 / 34 >

この作品をシェア

pagetop