【不器用な君はヤンキーでした】

第7話『始まりのキスと、嫉妬の予感』-後編-

放課後の屋上。
鳳凰学園の校舎の中でも、人目を避けるには絶好のこの場所で――
私と瀬那は、並んで座っていた。

つい数日前まで、「こわい」「話しかけにくい」って思っていた存在。
でも今は――私の彼氏。

神咲瀬那。
鳳凰学園一の不良で、誰よりも近づきがたい男。
だけど、誰よりも、まっすぐで不器用で、あたたかい人。

「お前と、こうやって並んでるの、まだ変な感じ」

瀬那がポツリとつぶやく。
それが本音なのか照れ隠しなのか、私はまだ読みきれない。

「そっちこそ。人前じゃベラベラ喋らないくせに、今日はやけに口数多いじゃん?」

「お前が隣にいると……気が緩む。知らねぇうちに喋ってんの」

ちょっとだけ照れたように言うから、私の胸の奥がくすぐったくなる。

キスの余韻が、まだ残ってる。
付き合い始めたその瞬間から、世界の色が変わった気がする。


次の日。
クラスの空気が少しざわついていた。

「え、神咲と一ノ瀬って……付き合ってるの?」

「うっそ、マジ?てか、あの瀬那が?」

「屋上でふたり並んで座ってたの、見たって!しかも雰囲気やばかったって」

……やっぱり、誰かに見られてたんだ。

瀬那と話してるとき、周りなんか一切見えなくなる。
でも、現実はちゃんと続いてて、誰かの視線は、いつだってそこにある。

「叶愛、また神咲といたの?最近一緒にいるよね〜」

「まぁね……」

なんでもない風を装って返したけど、胸の奥がそわそわする。
“隠すつもりはない”――でも、“広めたいわけでもない”。

私たちの関係は、ただの見せ物じゃないんだから。


昼休み。
購買で買ったパンを持って屋上へ向かおうとしたそのとき――

「瀬那〜、ちょっといい?」

女子の声。
見たことのない1年生っぽい子が、笑顔で瀬那に話しかけていた。

「……用、なに?」

「えっと、バンドのことで……少しだけ、話せたりする?」

「あー……」

瀬那は困った顔をしてるように見えた。
だけど、その顔を誰にも気づかせないまま、無表情に戻った。

「……あとでな。今、無理」

「そっか……じゃあ、また声かけるね♡」

――“♡”って何。
その絵文字、言葉にしなくても伝わった。
私の胸がじわっと重たくなる。

瀬那が悪いわけじゃない。
でも……やっぱり不安になる。

(私なんかより、あの子のほうが可愛いかも)

(私、瀬那の“隣”に本当にふさわしいのかな)

そんなふうに、自分で勝手に落ちていく。


「なに、さっきから元気ねぇな」

瀬那が屋上でパンをかじりながら、私を見て言った。

「……なんでもないよ」

「は?」

「ほんと、なんでもない」

「嘘つくな。お前、機嫌悪いと耳のとこピクってなる」

「……そんな細かいとこ見てるの?」

「見てる。バカみたいにな」

瀬那の手が、そっと私の指に触れる。
繋いだ手の温度が、迷いを溶かしていく。

「……なぁ、叶愛。俺、お前のことちゃんと好きだから。安心しろよ」

「……瀬那、そういうとこ、ずるいよ」

「なんで?」

「そんなふうに言われたら、全部許しちゃうじゃん」

「……それでいい。俺以外、見んな」

どこまでも不器用で、どこまでも真剣なその声。

私は、静かに頷いた。

「……瀬那がいるから、私、他の男子なんかどうでもいいよ」

「ん、わかってんならいい」

彼のキスが、おでこに落ちる。
“好き”って、何度言っても足りないくらい、今は瀬那に満たされていた。

でも――その視線を、確かに見た。
校舎の隅。階段の影から、じっと私たちを見ていた、誰かの視線。

(誰――?)

小さな違和感が、音もなく芽を出した。
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