【不器用な君はヤンキーでした】

第11話・前編 抱きしめたい夜、触れられない心

(……わたしが、瀬那を守る)
そう、心に決めたはずなのに。
夜が更けるほどに、胸の中のざわめきは消えなくて。

ベッドに寝転がって、暗い天井を見つめながら、私は自分の想いと向き合っていた。

 

──凛音さんのあの言葉が、ずっと心に残ってる。

【お願い。あの人のそばにいて。あの人、自分を大事にするのが下手だから】

 

(……わかってるよ。わかってるんだけど)

「瀬那が、私のことを本当に“今の彼女”として見てくれてるのか、時々不安になる」

声に出した自分の本音に、自分で驚く。

(そんなこと、言ったらダメなのに)

言わなきゃ良かった、と思う前に、喉の奥が熱くなる。

 

 

* * *

 

次の日の朝、目が覚めたのはいつもよりずっと遅くて。
キッチンから母の笑い声と、弟・結真のうるさい声が聞こえてくる。

「……あー、寝過ごした」

大慌てで制服に着替え、髪をまとめて1階へ降りると、テーブルには朝ごはんと、アイロンのかかったブラウスが並べられていた。

「おはよう、叶愛。今日は寝坊姫だね」

母が笑いながらそう言った。

 

「お姉はもう出たよー。駅で友達と合流するって」

と、弟の結真が口にくわえた食パンでボソッと。

 

「うん、ありがと。……って、ゆうま、口の中で喋らない」

「いちいちうるせーよ、姉貴」

いつも通りの朝。
だけど、それがどれだけ安心できるものか、今の私は噛みしめるように思った。

 

──父は今朝も会社へ早くに出かけたらしい。
──母は変わらず明るく、朝の支度を整えてくれる。
──お姉は美容師を目指して、毎日夢に向かっている。
──弟は反抗期っぽいけど、ちゃんと朝食を食べてから登校してる。

普通の、家庭。
だけどその“普通”が、今はとても尊いものに思える。

 

(瀬那には、こういうの……なかったんだよね)

 

彼の話してくれた、歪な家庭。
父の不在、母の冷たさ、そして――過去の傷。

彼が背負ってきたものを思い出すたび、私は胸が締め付けられる。

 

「……行ってきます」

「行ってらっしゃい、叶愛。今日は帰り遅い?」

「ううん。いつも通り」

母に笑って応えて、家を出た。

 

 

* * *

 

通学路の途中、ふと見上げた空は、梅雨入り前の重たい曇り空。

駅までの道を歩きながら、ポケットの中でスマホが震えた。

──瀬那からだった。

【今日、ちょっと遠回りして帰らない?】

 

(……え、どういうこと?)

返信を打つ。

【どこか行きたいとこあるの?】
【あるってほどじゃないけど、ちょっと歩きたい気分】

 

(……私も、そうかもしれない)

 

【うん、いいよ。放課後、昇降口で待ってて】
【了解】

 

LINEの画面を閉じたあと、私は少しだけ胸を撫でおろした。

 

(ちゃんと、気持ちを言葉にしよう)

昨日の夜に感じた不安を、曖昧なままにしない。
今日こそ、ちゃんと向き合う。

自分にそう言い聞かせて、駅の階段を上った。

 

 

* * *

 

教室は、月曜のわりにどこか静かだった。
梅雨の空気のせいか、みんなちょっとだるそう。

私はいつも通り席につき、カバンを机に置いた。

「おはよー、とあ!」

「おはよう、ののか」

一番仲のいい乃々花が、にこっと笑って隣に座る。

「ねぇ、昨日さ、瀬那くんと会ってた?」

「うん、少しだけだけど」

「へぇ〜♡いいなぁ。相変わらずラブラブ?」

「……どうだろうね」
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