【不器用な君はヤンキーでした】
第10話・後編

知らない名前と、焼きついた瞳

 

──凛音さんと別れたあと。
フェンスを背にして、しばらくその場に立ち尽くしていた。

風はもう止んでいた。
だけど、胸の奥はざわざわしていて――

私の中に、何かが静かに、確かに揺れていた。

 

(あの人……やっぱり、今でも瀬那のこと……)

違う。
“もう何もない”って、凛音さんはちゃんと言ってた。

でもそれでも、彼女の目に宿ってた感情は――
私の知らない、深い何かだった。

 

* * *

 

夕方の帰り道。
スマホを開くと、ちょうど瀬那からLINEが届いていた。

【今日、部活サボったのバレたら殺されるから】
【帰り、先回りして待ってる。】

……らしい。
ふっと笑って、返信する。

【じゃあ、バレる前に一緒に消える?】
【バカ。いいから早く来い】

 

そのやりとりすら、少しだけ、胸の奥がちくっとした。

(……私、どうしよう)

歩きながら、心の中で何度も同じことを繰り返していた。

 

* * *

 

瀬那は、最寄駅のロータリーで待ってた。
制服のまま、缶コーヒー片手にスマホいじってる姿。
すぐに見つけられた。

 

「待たせた?」

「まあまあ」

そう言って、缶コーヒーを差し出してくる。

「飲む?」

「ありがと」

受け取って、開けてみると――ビター。
ちょっと苦くて、大人の味。

「……わたし、甘いのがよかったな」

「知ってる。でも、たまにはこういうのもいいって」

 

わざとらしいくらいサラッと言って、笑う瀬那。
その笑顔に、少しだけ気が抜けた。

(……やっぱり、好き)

たった一瞬で、そんな気持ちが溢れてしまう。

 

「ねえ、瀬那」

「ん?」

「……今日、誰かに会った」

「へえ。誰に?」

「――凛音さんに」

 

その瞬間、瀬那の笑顔が、ほんの少しだけ固まった。

「……そうなんだ」

「うん。偶然、校舎裏で」

瀬那は少し視線を落として、缶を傾けた。

 

「何か、話した?」

「……うん。少しだけ」

私は、あえて内容をぼかした。
何を話したか、じゃなくて――
どうしてか、今は“気持ち”のほうを伝えたかった。

 

「凛音さん、言ってた。
 瀬那は優しいけど、脆いって」

「……あの人らしいな」

瀬那が、ふっと息を吐いた。

 

「でもね。わたしは、ちゃんと信じてるよ」

その言葉に、瀬那がゆっくりこっちを見る。

 

「過去のことも、家のことも。全部聞いたうえで、……それでも、瀬那といたいって思ってる」

 

瀬那は何も言わなかった。
ただその目だけが、何かを確かめるように私を見ていた。

 

「だから、ね……。あんまり、自分ばっか責めないで」

 

しばらくの沈黙のあと。
瀬那は、静かに口を開いた。

 

「凛音ってさ。……昔、俺のこと泣かせたんだ」

「……え?」

「って言ったら、あいつ怒るかもな」

そう言って、冗談みたいに笑う。

 

「でも……俺が、ちゃんと向き合わなかっただけ。あいつのことも、自分のことも」

「瀬那……」

 

「叶愛。俺さ、たぶん“普通の恋愛”とか、ちゃんとしたの初めてなんだわ」

「え?」

「今まで誰かに本気になったことなかった。……凛音とも、付き合ってたけど、どっかで逃げてた」

 

「だけど、叶愛といると、ちゃんと“向き合いたい”って思える。……怖いくらい、ちゃんと」

その声は、どこまでもまっすぐで――
嘘ひとつない、瀬那の“いま”そのものだった。

 

「じゃあ、さ」

私もまっすぐ、彼を見つめ返す。

 

「“ちゃんとした恋愛”ってやつ、一緒にしていこうよ」

その言葉に、瀬那は目を見開いて、少しだけ笑った。

「……やっぱお前、強ぇな」

「ううん、強くなんてない。……でも、瀬那のことになると、そうなれるだけ」

 

少しだけ照れくさくて、俯くと――
瀬那が、そっと私の頭を撫でてくれた。

「ありがとな、叶愛」

その言葉が、優しく心に染みた。

 

そして――

その夜、LINEがひとつ届く。

送り主は、凛音さん。

【……叶愛ちゃんと、ちゃんと話せてよかった。】
【お願い。あの人のそばにいて。あの人、自分を大事にするのが下手だから】

その一文に、私はただ、スマホをそっと胸元に抱きしめた。

(大丈夫。わたしが――)

瀬那を、守る。ちゃんと、そばにいる。

 

──たとえ、焼きついた瞳が消えないとしても。
私は、もう前を見てる。

瀬那と、ちゃんと、同じ未来を見たいから。
< 22 / 34 >

この作品をシェア

pagetop