【不器用な君はヤンキーでした】

第12話・前編 隠した傷と、ほどけていく距離

日曜の朝。
まだ眠たい目をこすりながらリビングへ行くと、香ばしいトーストの匂いがしていた。

「おはよ、叶愛」

キッチンから顔を出したのは、母。
すでにエプロン姿で、テーブルにはサラダとスープが並んでる。

「おはよう……」

ソファには、弟の結真が寝転びながらゲームしてた。

「お前、まだパジャマじゃん。女子力下がるぞ~」

「うるさい、ゆうまも早く着替えなさい」

「俺は午後から部活。まだ時間あるし」

そう言ってニヤニヤ笑ってる。
まったく、年下なのにちょっとだけ生意気。

 

「叶愛、お姉ちゃん今日美容学校でモデルの練習あるって。帰り遅いから、夕飯いらないって」

母の言葉に、小さくうなずく。

「……パパは?」

「朝イチで会社行ったわ。今日も忙しいみたい」

そう言って母がため息をついた。

パパは社長で、いつも仕事ばかり。
でも、家族のこともちゃんと考えてくれてるのは分かってる。

 

それでも――。

(……今日も、家の中で私だけ、ちょっと浮いてる気がした)

 

* * *

 

昼過ぎ、ベッドに寝転んでスマホを見ていた。

瀬那からのメッセージはまだない。

たぶん今ごろ、道場か、もしくは家で寝てるか――
連絡が来ないのはもう慣れたけど、やっぱり、少しだけ寂しい。

(私って、こんなに“待つ”のが苦手だったんだっけ)

スマホを置いて、深呼吸。
昨日の夜、送られてきた凛音さんのLINEが、まだ心のどこかに残ってる。

【お願い。あの人のそばにいて。あの人、自分を大事にするのが下手だから】

自分を大事にするのが、下手――

まるで、それは瀬那だけじゃなくて、私にも言われてる気がした。

 

(ちゃんと、そばにいたい)

だけど、“そばにいる”って、どうすればいいんだろう。

ただ見守るだけ?
甘える?
支える?
それとも――

 

* * *

 

午後3時過ぎ。
ようやく瀬那からLINEが届いた。

【寝すぎた。今から暇?】

【暇してた。会える?】

【いま着替えて家出る】

【待ってるね】

返信を打った瞬間、ちょっとだけ心が跳ねた。
やっぱり、彼の存在は――私を簡単に揺らしてしまう。

 

着替えて、軽くメイクをして。
鏡の前で、自分の顔を確認する。

(大丈夫。ちゃんと、笑えてる)

そう言い聞かせて、家を出た。

 

* * *

 

合流したのは、小さな公園のベンチ。

「よっ」

「こんにちは、寝坊くん」

「うるせ。昨日は夜遅くまで色々考えてたんだよ」

そう言って、瀬那は私の横に腰かけた。

 

「なに考えてたの?」

「……叶愛のこと」

「へ?」

「昨日言ったろ。“ちゃんと向き合いたい”って」

 

私の心臓が、どくん、と跳ねた。

 

「俺さ、いまでも自分の家庭とか、過去のこととか、向き合うのすげぇ怖いんだよ。思い出したくもないし」

「うん……」

「でもさ、叶愛と付き合って思ったんだよな。全部から逃げてると、結局、誰のこともちゃんと好きになれないって」

その言葉が、まっすぐ胸に届いた。

 

「……わたしもね、怖いことあるよ。うちは家族仲が良いって思われてるけど、なんとなくいつも距離がある気がして」

瀬那が、こちらをじっと見つめた。

 

「でもね、瀬那。わたし、自分を大事にするってどういうことか分かってなかったのかも」

「……」

「あなたに出会って、ちゃんと自分の心と向き合いたいって、初めて思ったの」

 

しばらくの沈黙のあと、瀬那が小さく笑った。

「……なんか、似てんな、俺ら」

「……うん。似てるかも」

 

夕陽が少しずつ傾いていく。

「じゃあさ」

「ん?」

瀬那が、私の手をそっと握る。

「これからは、お互いのこと、大事にしながら歩いてこうな」

「……うん」

その手のぬくもりが、心の奥まで染み込んでくる。

(大丈夫。今の私は――)

少しずつ、ちゃんと自分を愛せるようになってきてる。
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