【不器用な君はヤンキーでした】

📘 第2話 “好き”なんて、まだ言えない(前編)

4月のはじまり。
新しいクラス、新しい席、新しい空気。
でも、胸の中にある感情だけは、新しくない。

ずっと、ずっと前から、私の中にあった――
神咲瀬那に向ける、この感情。

ただの“気になる”じゃない。
だけど“好き”って言葉を、今ここで口にするには、まだ何かが足りない気がしてた。

教室の窓際。
そこが、彼と私の居場所。

「……お前、香水とか、つけてる?」

唐突すぎて、思わずペンが止まる。

1時間目の現代文の時間。
瀬那は隣で、教科書も開かず、机に頬杖をついてる。
見られてる。ちょっとだけ、顔が熱くなった。

「えっ、え……? いや、つけてないけど……?」

「……じゃあ、なんかの柔軟剤?」

「……うん、多分。ラベンダー系のやつ使ってるかも」

「ふーん」

それだけ言って、また窓の外を見た。
でもなんとなく、その“ふーん”の声が、少しだけ優しかった気がする。

たったそれだけの会話。
なのに、どうしてこんなにも心が跳ねるんだろう。

「神咲くんって、さ……」

無意識に、口が動いてた。

「……何」

「怖いとか言われてるけど、そんな風に見えないよね」

「……」

瀬那は、すぐには答えなかった。
少しだけ眉が動いた気がして、私は失言だったかと焦る。

でも、数秒後。

「……それ、俺の前で言うやつ、あんまいねーよ」

「え、なんで?だって……ほんとにそう思っただけで」

「そういうとこ、変わってる」

小さく笑って、瀬那はまた頬杖をついた。
教科書もノートも開かずに、でも確かに私の言葉を聞いてくれてた。

変わってる、って。

バカにした風じゃなくて、ちょっとだけ好意みたいな響きが混ざってた。

……だめだ。

“好き”って、まだ言えないけど、
こんな会話ひとつで、心が暴れてどうしようもない。

先生の声はどこか遠くて、
私の意識は、ずっと隣の彼に向いていた。



「一ノ瀬さーんっ!」

昼休み。
教室を出ようとしたら、後ろから大きな声。

「ねぇねぇ、ほんっとに神咲くんと隣なの?」

「う、うん……席、そうなったから」

「うわーやば。近すぎじゃん!何か話した?」

「え、別に……ちょっとだけ」

「いいなぁ、てか怖くないの?神咲くんってマジで喧嘩やばいらしいじゃん。去年とか、近隣校の不良3人相手にひとりで……」

「それ、ただの噂じゃないの?」

「いや〜、でもさ、顔はめっちゃイケメンだよね。しかも無駄に色気あるし、身長も高いし。あれはずるいわ」

「だよね!けど一ノ瀬さんと隣って、ガチうらやま……!」

噂。視線。好奇心。嫉妬。

そんなの、全部わかってる。
でも、やっぱり“気になる”をやめられない。

席が隣になったのは、偶然。
でもこの距離感で心が近づくかどうかは、自分次第なのかもしれない。

私は――
彼のこと、もっと知りたい。

ちゃんと、“私”として見てほしい。



放課後。

部活にも行かず、今日はそのまま帰る予定だった。
教室を出ようとしたとき、また、名前を呼ばれる。

「……おい、一ノ瀬」

「えっ」

声の主はもちろん、神咲瀬那だった。

廊下。人気の少ない時間。
振り返ると、壁にもたれて私を見ている。

「これ」

ポケットから出されたのは、今朝貸した、私のハンカチ。
ちゃんと洗ってある。きれいにたたまれて、柔軟剤のいい匂いがした。

「……ありがとう」

「一応、返す約束は守るタイプ」

「……ふふ。意外と、律儀なんだね」

「……うるせ」

小さく笑って、瀬那は踵を返した。

その背中。歩き方。制服の乱れた着こなしさえ、
どうしてこんなに目で追いたくなるんだろう。

「神咲くん!」

思わず、声を出してた。

「……なに」

「また……明日も、話してくれる?」

瀬那は、ほんの少し振り返って、目を細めた。

「……機嫌よかったらな」

それだけ言って、去っていった。

私の心臓は、まだドクドクしてる。

“好き”なんて、まだ言えない。

でも――
この人に、もっと近づきたいって思った。
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