【不器用な君はヤンキーでした】

📘 第4話《秘密と、カフェオレ》前編

朝、教室に入るとすぐに目が合った。

……神咲瀬那。

何も言わずに頷くだけ。
でも、それだけでなんだか特別な気がして。

昨日、彼が買ってきてくれたサンドイッチとカフェオレ。
あんなの、普通のクラスメイトにすることじゃないよね?

(……それに、瀬那くん、絶対わざとだったよね)

わざと髪に触れた。
わざと、近づいた。
わざと、距離を縮めてきた。

あんなの、ずるい。

――好きになりそうになる。

「おはよ、叶愛ちゃんっ♡」

「……わっ、栞菜!」

クラスメイトの親友、**橘 栞菜(たちばな かんな)**が元気よく私に抱きついてくる。

「もう〜、今朝はバス来なかったし遅刻寸前〜!叶愛ちゃん、昨日どうだった?席隣だしさ、瀬那と!」

「えっ……あ、うん。特に何も……」

「え〜?嘘でしょ。絶対なんかあった顔してる〜!」

「か、顔ってなに!」

「その赤くなるところ、ほんと分かりやすいんだからぁ♡」

栞菜はにまにまと笑いながら、瀬那の方をチラッと見た。

「でもさ、あの瀬那が、叶愛ちゃんにだけちょっと態度違うって噂、あるよ?ふふ、特別だねぇ♡」

「や、やめてってば……!」

(……特別?)

心の奥に、その言葉がぽちゃんと落ちた。
静かに波紋が広がっていく。



放課後。

帰り支度をしていたら、後ろから声をかけられた。

「一ノ瀬。ちょっと、来い」

「えっ、……瀬那くん?」

「いいから」

腕を引かれるまま、私は教室を出た。

誰もいない旧校舎の裏。
夕方のオレンジ色に染まった空の下で、瀬那は小さな缶を取り出して、それを私に差し出した。

「……昨日、甘いやつ飲んでたろ?これ、似てんの探した」

それは、ほんのりカフェオレの香りがする缶コーヒー。

「えっ、わざわざ……?」

「別に、帰りにコンビニ寄っただけ。ついでだし」

「……うそ。優しいくせに」

「違ぇし。……てか、前から思ってたけど」

瀬那は缶のフタを開ける音を聞きながら、ポツリと呟いた。

「お前、俺のこと……怖ぇって思ってたよな?」

「え……」

(それは、確かに最初は――)

「でも、今は……違う」

「へぇ」

彼は少しだけ口角を上げた。
それが、どこか嬉しそうで、私の胸はドクンと跳ねた。

「……あのね」

私は、缶を両手で持ちながら言った。

「私だけが知ってる、瀬那くんのこと。たぶん、いっぱいあると思う」

「……秘密、か?」

「うん。ふたりだけの、秘密だよ?」

その言葉に、瀬那が目を細めて笑った。

「……気に入った。そーいうの、嫌いじゃねぇ」

風がふわっと吹いた。
近くに落ちた桜の花びらが、ふたりの間にひらひらと舞い落ちる。

その距離、ほんの数センチ。
触れそうで、触れない距離。

でも、確実に“近づいてる”。

(ねぇ、瀬那くん)

(私はもう――)

あなたのこと、“怖い”なんて、思えないよ。



▶次回:第4話《秘密と、カフェオレ》後編へつづく
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