放課後、先生との秘密
19話 教室、先生と2人きり
「はっ!やっばい!!!」
目が覚めると10時だった
補習は8時半から…
「終わったわ…」
夜更かししてた訳でもないけど
昨日の夜はドキドキしてて寝れなかった
先生と二人きり…
図書室じゃいつもそうだけど
今日は教室だからね
ゲーマーがちゃんと先生する日だからね
これが2週間続くんだよやばいよ
早く行かないと
先生に会いたい
リビングに行くとこーすけはラーヒーとゲームしていた
平川「葵おはよ!お邪魔してます!」
葵「おおラーヒーじゃん!」
葵「てかこーすけのばか!!!なんで起こしてくんねぇの!!?」
こーすけ「おはよ!てか葵いたんだどしたん?」
葵「今日補習あるって言ったよね!!?」
こーすけ「あ!!本当だ忘れてたごめん!」
平川「いや葵が普段自分で起きないから悪いんでしょ」
葵「ラーヒーうるさい」
こーすけ「ご飯作ろうか?」
葵「そんな時間無いよ!行ってくるわ」
平川「ばいばーい」
こーすけ「気をつけてな」
葵「あ、ヒラ今日何時までいるの?」
平川「今日は泊まりだよ?」
葵「帰ったらゲームね!」
平川「おっけい待ってる!」
あたしは2人に手を振って
近くにあったお菓子を持って家を出た
先生の分も一緒に。
家を飛びだして
全速力で自転車を漕いで学校に向かった
蒸し暑すぎる帰りたーい。
学校に着いた瞬間
あたしは未だかつてないほど全速力で教室まで走った
ついに教室に着いてしまった
今の時刻は10時20分
約2時間の遅刻
先生にどんな顔して会えばいいんだよ
教室の扉はいつもより重く感じた
「すいませんでしたぁぁぁぁ!!!」
教卓に寝そべってあたしのSwitchで遊んでる先生がいた
先生が口を開く前に渾身の土下座を見せつけた
「ぶはははは!!そこまですると思ってなかったわ」
先生が手を叩きながら笑ってる
そんな姿も好きだっ!
「てか遅せぇよ何してたん?」
「マジでごめん起きたら10時」
「来る気ないだろそれ」
「違うんだって!!寝れなかったのよ!」
「まぁいいわ座れよ」
先生の目の前にある机に座った
「明日は絶対遅刻しないからさぁ!」
「それが当たり前なんだよばーか」
小声で文句を言いながら、あたしは机に突っ伏す。
さっきまでの爆走と土下座で、もう体力はゼロ。
「つーかーれーたー!」
「俺も2時間待たされて疲れた帰りてぇ」
「ごめんてっ笑」
「てかマジで補習あたしだけ?」
「そうだよ」
「お前俺のこと好きすぎだろ」
「すきじゃねぇーよ」
「あおちん素直じゃねぇからなぁ」
先生はまだSwitchで遊んでたけど
ふと手を止めてこっちを見た。
「てかそれ何?」
先生はあたしが抱えて持ってるものを指さした
「あ、お菓子!お詫びです!!」
「うわぁ!チョコじゃん!!くれんの!?」
「好きでしょこれ」
「俺これ大好き!!ありがと!!」
子どものように喜んでる先生可愛い!!
「今日なにすんの?」
「問題解け」
先生があたしに1枚のプリントを見せた
「げ、テストじゃん授業が良かったんだけど!」
「お前授業だったら寝るだろ」
「これで60点取れ」
「60はきついっすよ」
「文句言うな」
「はぁやればいいんでしょ」
「じゃあ50分あげるから終わったら教えて」
「はーい」
プリントを受け取って、ペンを握る。
全くわからんどうしようなんだよこの問題!!
一問目から漢字の読み問題、つぎ文法、つぎ読解
お願い帰らせてくれ。
ちらっと先生を見ると、Switchを片付けて、今度はパソコンを使って他の仕事をしてる。
…珍しく、ちゃんと先生っぽい。
ペンが止まってるのに気づいたのか、先生が横から覗きこんできた。
「おーいまだ5分も経ってないぞ」
「ねぇ、なんでこんな難しいの?」
「昨日の小テストの応用版。お前途中で寝たからやってないだろ?俺の授業なのに!!」
「うわぁ…その話掘り返すぅ…」
「寝るからだろ。罰だ、罰」
「終わりだぁ」
ぶつぶつ文句を言いながらも、あたしは問題を解き始めた。
教室の中はしばらくの間、ペンの音だけが響く。
たまに先生が椅子をギシッと鳴らしたり、あたしの書いた文字をちらっと見てきたりするけど、ほとんど無言。
こんなふうに先生と2人きりで“ちゃんと”授業っぽいことしてるのって、なんか…新鮮だ。
「せんせー!まったくわからん!」
「ちゃんと考えろよ」
呆れたように言いながらも、先生は椅子から立ち上がり、あたしの横にある椅子を隣に持ってきて、あたしのプリントを覗き込む。
距離、ちっっか!
「ここはさ、文法問題って言っても“助詞の使い方”な。まず“〜が”と“〜を”の違いから──」
やばい近い近い近い近い!!!
心臓がドラムみたいにドクドク鳴ってるのに、先生は真顔で説明してくる。
目の前にあるのは、真剣な顔。ダメだかっこいい
鼻筋とか…目の形とか…思ってたより整ってるなとか……そんなことしか考えられないんだけど!!?
てかいい匂いする
「なぁ、聞いてるか?」
「えっあっ!?う、うん聞いてます!!」
「うそつけ、完全に別のこと考えてただろ」
「いやっ……」
「顔真っ赤よ」
「へ!?」
ばれてる!?うそ!?恥ずかしっ!!
「なんでそんな顔赤いの?俺なんかした?」
「してませんしてません!!」
「へぇー?じゃあなんで動揺してんの?」
先生が意地悪そうにニヤっと笑って、さらにぐっと顔を近づけてきた。
しかも低い声で
「……もしかして、ドキドキしてんの?俺のこと、意識してる?」
「うるせぇ!!!ちょ、離れてよ!!!」
「してないなら、近づいても平気だよなぁ?」
「平気じゃないから言ってんでしょおおお!!」
顔を両手でバッと隠してのけぞると、先生は満足そうに笑って、やっと少し距離を取った。
「お前やっぱおもしれぇな」
「もう先生嫌い!」
「俺もきらーいこんな子」
先生がめっちゃ笑ってる
だめだ完全に先生のペースに乗せられてる
心臓が痛いくらいドキドキする
「ほんと葵は可愛いな」
そう言って先生は愛おしいものを見るような顔をして、耳を赤くしながらあたしの頭を撫でた
「ばかっ」
先生は照れ隠しにあたしの額にデコピンした
「いっでっ!それは無いだろ!!」
「普通に手加減しろよ!!」
額を押さえながら睨むと、先生はケロッとした顔で言った
「はいやるぞ〜」
は?、何事もなかったかのように!?
あたしの頭撫でたよね!?
「可愛い」って言ったよね!?!?
なのに、なんで急に真顔に戻ってんの!?
もう何考えてるかわかんねぇよ!!
「え、えーと、どこからやるんだっけ?」
「ここ、“〜が”と“〜を”の使い分け。主語と目的語の違いわかってる?」
「うぅ……そこから?」
「そこからよ」
真顔。
たった今、あたしの額にデコピンしてた人と同じ人物とは思えない。
スイッチ切り替え早すぎじゃない!?
こっちはまだドキドキしてまともに文字も読めてないんだけど!?
「……大丈夫か?」
先生がふと、心配そうにこっちを覗き込む。
その距離はさっきよりは遠いけど、目が合うだけで心臓がギュッてなる。
「だ、だいじょぶ……」
「顔、まだ赤いけど?」
「先生のせいですが!!」
「え?なに?なんかしたっけ?」
……完全にとぼけてる。
わざとだ!!確信犯だ!
あーーもーーーずるい!!
「ちゃんと集中しろ」
「ううっ」
「理解できたか?」
「はっ、はい!」
「絶対嘘だろ」
「まぁ次行こ次!」
理解なんかできるはずもなく、先生の説明が終わった
やばいこれ2週間持たないです
助けてください!!
「あとは?」
「これ」
「古文かちゃんと考えたか?投げやりになってね?」
「だってやるのめんどくせぇもん」
「補習の意味ねぇだろ!」
「やるよ!怒んないでよ」
5分経過
10分経過
だめだぁぁ普段ならできるのになんも頭に入んねぇ!!
救済措置を!!
「おい、手止まってんぞ、これくらい葵はできるだろ」
「やばいまじで頭回んねぇ」
「仕方ねぇな一緒にやるか」
先生はあたしがあげたチョコのお菓子を食べならそう言った
なんでそんな落ち着いてんだよ
「ここ……これ」
あたしはプリントの一部を指差す。
そこに書かれていたのは百人一首でよくある和歌。
瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の
われても末に あはむとぞ思ふ
「読めるか?」
「余裕で」
「お、やるじゃん、内容は?」
「えっと恋のやつ? “流れが速い川が岩で分かれちゃっても、また最後に会える”みたいな……」
「だいたい合ってる。これは“別れちゃってもまた巡り合おうね”っていう、わりと前向きな恋の歌だな」
「え、泣けるんだが」
「ほんと、女ってこういうの好きだよな」
「なんかそれ嫌だ!女で一括りにされんの」
「今はそれいいからやるぞ」
先生はプリントを指差して説明を続ける。
「瀬をはやみの“瀬”ってのは、川の流れが速い浅いとこな。“はやみ”は速いからって意味」
「うん」
「“岩にせかるる”で岩にせき止められて
つまり、流れが岩で分かれてるってこと」
「滝川って川のこと?」
「そう“たぎる川”って書いて滝川。勢いのある川だな。“われても”は分かれても。“末にあはむ”は最後には会おう。“と思ふ”はそう思ってるってことだな」
「めっちゃ前向きやん」
「恋人同士が離れ離れになっても、きっとまた会える、そんな歌」
「はぁいいなあそういうの」
「お前も将来こんなふうに誰かと“末にあはむ”みたいな恋すんの?」
「え、なんか言い方きもい」
「はぁお前きもいしか言えねぇの?」
「でもさ、別れてもまた会いたいって思える人に出会えるって、すごくない?」
「まぁ、そういう相手がいるなら、な」
先生は一瞬視線をそらしてから、またプリントに視線を戻す。
その横顔がなんか、いつもより大人びて見えた。
「……先生は?」
「ん?」
「そういう人、いた?」
「まぁ昔な」
「どんな人?」
「なんだよ急に、テスト中だぞ」
「えー教えてよ!先生にもそういうのあったんだーって思うだけ」
「高校の時付き合ってた元カノだよ。向こうは多分俺のことなんてもう気にしてないと思うけど」
先生は、ちらっとあたしの方を見て、それから少しだけ目線を落とした。
「へぇ〜好きだったの??」
「そうだな、本気だったわ」
先生の声が、いつものふざけた調子じゃなくて、少しだけ静かだった。
「なんで別れたの?」
「俺は大学の進学でこっちに来て、向こうは地元に残って……」
「やだ、それって“末にあはむ”じゃないの?」
「その時はな、いつかまた、って、でも」
「……でも?」
「でも、また会えたとしても、もう戻れないってこともある」
その言葉に、あたしは思わずペンを止めて、先生の横顔を見た。
ちょっとだけ、さみしそうだった。
でも、その目はあたしの方を見てなかった。
「でもさ」
「ん?」
「最近になって、あのときの気持ちを超えたって思えることがあってさ」
先生は例え話のように言った
「なんそれ」
思わず聞き返すと、先生はふっと笑って、誤魔化すように頭をかいた。
「まぁ、結構好きなんだよ、俺そいつのこと。ドジでなんか見てて放っとけなくて、バカで、でも一生懸命なヤツ」
「へぇ〜」
「また会えたらいいなじゃなくて、ずっと俺のそばにいてほしいって思うようなヤツ」
その言葉に、心臓がドクンと跳ねた。
先生があたしの目を真剣に見て話してくる
先生の耳が赤い。
これってあたしだよね?
いや、でも違ったらどうすんのよ自意識過剰すぎだろ。
そう思って、あたしは視線をプリントに戻す。
「で、どうすんのその子とは」
「さぁな」
「さぁなって……」
「教師だから立場あるし、好きって言われるけど“先生“としてなのか“一人の男“としてなのかもわかんねぇ」
「そういうのずるいよ」
口から出た言葉は、自分でもびっくりするほど真面目だった。
先生は、あたしの顔をじっと見つめた。
「ずるいかもな」
「その人があたしだったらいいなぁ」
思わず口をついて出たその言葉に、自分でびっくりして、息が詰まった。
え、なに言ってんのあたし。
えぐ、あたしのバカ!!やばいやらかしたかも。
そう思って、思わず顔を伏せた。
教室の中は、一瞬だけ、しん……と静まり返る。
まるで世界が、一瞬だけ止まったみたいに。
先生は何も言わなかった。
いや、たぶん、何か言おうとしてた。
でも、声にはならなかった。
そのくらい、あたしの言葉は、きっと予想外だったんだと思う。
「ごめん、今のナシ」
あたしは慌ててプリントを見て、誤魔化すようにペンを握りしめた。
でも、手が震えてる。
ペンが、紙の上で止まってる。
先生はゆっくりと、イスから立ち上がった。
そして、何も言わずに、教卓に帰っていった。
まずいほんとにやらかしたかも。
「なぁ」
顔を上げると、そこにはさっきと違う、ちょっとだけ迷ってるような、でも優しい目をした先生がいた。
「それって、冗談?」
静かな声だった。
あたしは、少し迷って、ゆっくりと首を横に振った。
「……違うよ。冗談じゃない」
言ってしまった。
もう、止められない。
あたしの声は、思ってたより震えてて、でも、ちゃんと先生に届いたと思う。
先生は、少し目を見開いて、それからふっと、苦笑いみたいな、でも嬉しそうな笑い方をした。
「葵の“好き“って先生としてだと思ってた」
先生はどこか照れくさそうに視線を逸らしながらつぶやいた。
「だから俺、前に卒業したら待ってるて言ったのすげぇ恥ずかしかったけど」
「…っ」
「俺…本気で葵のこと待ってる」
こ、これ現実?
こんなことほんとにあっていいの?
こんなに幸せになっていいの?
嬉しくて、でも怖くて、
ずっと欲しかった答えなのに、
すぐには返事ができなくて。
「……ほんとに?」
「うん」
「ほんとに、あたし?」
「他に誰がいるんだよ」
先生が、少しだけ笑った。
その声があまりにも優しくて、涙が出そうになる。
「じゃあ、あたしも待ってていい?」
「バカタレ、お前は待たせる側だろ」
「じゃあさ、卒業したら、」
あたしは、震える声で言った。
「卒業したら、その時ちゃんと言って」
「何を?」
「“好き”って」
先生は一瞬だけ目を見開いて、それから優しく、ゆっくりとうなずいた。
「……言うよちゃんと葵の前で」
あたしの胸の奥に、灯った想いが、
やっと、本当の形になった気がした。
「この話俺と葵の秘密な?」
先生は口元に人差し指を置いてそう言った
これがガチ恋勢ができる理由か
大人の余裕が怖い
ずるい人だ
「だから今はちゃんと生徒と教師な?それ以上は無いから」
「わかってるよ」
卒業するまでが待ちどうしい
こんなに心から幸せが溢れることってあるんだ
これが幸せなんだな
あたしは先生と幸せになりたい
先生と付き合って結婚して
ずっと先生のそばにいたい
そんな幸せな空気感が突然一気に壊れた
教室のドアが勢いよく開く
「あ!居た!清川せんせっ!あ、葵もいんじゃん!」
高めの声に、びくっとなる。
振り返ると、立っていたのは昨日更衣室で話しかけてきたクラスのガチ恋の子だ
うわだる
てかずっと思ってたけど、なんで呼び捨てなん
うちらそこまで仲良くないよな
先生の顔も「今じゃねぇだろ…最悪」みたいな顔してるし
女の子があたし達に近ずいて来てあたしの隣に座った
先生「どしたんリア」
あ、この子リアって子なんだ3年間同じクラスなのに知らなかった笑笑
リアは先生に、にこっと笑って、手をひらひらさせてる
きも
リア「べつに? 部活終わりになんとなく先生のかっこいい顔見たくなっちゃってさ」
よく素直にそんなことが言えますねぇ〜羨ましい限りですよ
先生「俺ら忙しいから帰れってテスト中だしよ」
リア「えー会いに来たのに?」
先生 「リア」
リア「せっかくだしリアも補習受けよっかなぁ」
先生「リアいい加減にしろ」
リア「葵と2人きりとかずるいなぁ?」
葵「はぁ空気読めよ」
あたしは聞こえるか聞こえないかの小さいうんざりした声で返した。思わずため息も出た。
リア「最近の先生、葵ばっかじゃん!放課後もいないしさ!この前お姫様抱っこしてたし」
先生 「んなたまたまだろ」
リア「2人は付き合ってんの?」
葵「はぁめんどくせぇなあたしらが付き合うわけねぇだろ」
先生「俺がこんなにガサツなやつ好きになると思うか?」
リア「うーん確かに?」
んん?ちょっと?それは言い過ぎでは?
グサグサ刺さってるよ?
てかお前も確かにって言うな!!
あたしのことなんも知らねぇだろが!!!!
ぶっ飛ばすぞ
リア「でも最近みんな噂してるよ2人ができてるって」
先生「あるわけねぇだろ」
リア「ふーん絶対なんかあると思ったんだけどなぁ」
先生「で、それ言いに来たんかお前は?」
リア「うんそうだよ、よくわかったね」
葵 「先生に嫌われる前に帰った方がいいんじゃね?」
リアは一瞬だけムッとした顔を見せたけど、すぐに取り繕うように笑った。
リア「え〜?別に嫌われてないし〜ってか、そんなにキレるってことはやっぱ図星?」
葵「はぁ」
先生「いい加減にしろって言ってるだろ?噂でふざけたこと言って、それで誰か傷つけて、楽しいか?」
リア「別に噂したのはあたしじゃないけど? みんなが言ってるんだよ?」
先生「お前が言い出したって話も聞いてるけどな?」
リア「……っ」
明らかに動揺してるリアの顔。
たぶん、言い出しっぺがリアだってこと、もうバレてる。
先生「俺のことが好きなのは、別に構わない、でも、それを理由に他人を傷つけるようなことはやめろって言ってんの」
リア「……っなによ、先生まで葵の味方?」
先生「味方とかそういうんじゃない。“教師”として当たり前のこと言ってるだけだ」
リアは、もう笑ってなかった。
少しだけ唇を噛んで、それから、睨むようにあたしを見た。
リア「……あんたって、ほんとズルいよね」
その言葉を最後に、リアは教室から出て行った。
ドアが閉まった瞬間、教室に静けさが戻る。
「なんか麻央ちゃんみたいだね」
「麻央よりまだマシだわ」
「そうだね」
ぽつりと呟いて、あたしは机に突っ伏した。
「うわー、胃が痛い。こうやっていじめられるんだ!死にそう!」
「まじでお疲れ」
「いやいやいや、なんでそんな他人事?なんであたしがあんなふうに責められなきゃなんないのよ!!」
「でもお前、ちゃんと否定したじゃん、立派だったぞ」
「うるさい!今その褒め方キモい」
「ガサツって言ったの根に持ってる?」
「当たり前だろ、あれ地味に刺さってるからな!」
「だってさ〜リアの前で本当のこと言えるわけねぇじゃん」
「はあ!?じゃああたしだけ傷ついてろってこと!?最低か!!」
「違う違う!それだけ信頼してるって話!!」
そう言って先生は笑いながら、あたしの机にチョンとおでこをつけた。
近っ……。
「葵のことは俺が守るから気にすんな」
先生が低い声で語りかけるようにそう言った
かっこいい…
「え、待って今のすんごいイケボだったよね!?
きっも!!絶対意識して言ったよね!!ちょっとキメ顔してたし!きっしょ!」
「してねぇわ!!」
先生がバレたかみたいな顔をした
「はいしてたーー!!はい黒ーーー!!」
「こいつうぜぇ!!!」
「先生顔に出すぎ!!演技下手か」
「よし!!一難去ったしやるか」
「いや話変えんなよ」
「ほらお前は勉強しろ」
先生が急に立ち上がった
「おう!ちょっとサッカー部とサッカーしてくるわ!!俺顧問だし!!」
「は?ちょマジで言ってんの?今補習中だぞ!!」
「なんかあったらここから叫べよ!お前声でけぇから届くだろ」
「そういう問題なん!!?」
そう言って先生は教室を飛び出して行った
きっと今のでストレスが溜まって無性に動きたくなったんだろうな
先生の中の人絶対中学生だろ
「なんでもありかよ」
けどそういうところが好きなんよな。
子どもみたいな所も、ふとした時大人みたいな顔すると所も、全部大好き
あたしだけが見ていたい
だけどこれからそう上手くいくとは限らない。
きっと今日のことで夏休みが終わったら嫌な事ばかり増えていきそう。
だけどあたしには先生がいるから
先生があたしを好きだって、考えるだけでなんでも頑張れる気がした
先生が教室に戻ってきたのは、それから1時間後。
シャツは汗でべったり。髪も濡れてて、息は少し乱れてる。
なのに、あたしを見た瞬間、すっごく楽しそうに笑って「ただいま〜あちぃ〜」って。
ほんとに、なんなんだよその顔。
いつも子どもみたいに無邪気で、でもふとしたとき大人みたいに真剣で。ずるい人。
いつもあたしの“好き“を更新させてくる
今すぐ抱き着きにいきたいくらいに
普段のノリじゃないと出来ないな。
今は違う
てか汗だくすぎて嫌だ
辺りはもう夕日が出てきそうなくらいの明るさ
時計を見るともう5時だった
「よしそろそろ終わるかあ」
「よっしゃ!帰れるー!!」
「俺も帰ろっかなあ」
「一緒に帰る?」
「ありだな」
「家まで送ってよ」
「何が欲しいんだよ」
「何もいらねぇよ、あたしのことなんだと思ってんだよ」
「冗談だよ先行っといて荷物取ってくる」
「りょーかい」
そう言って、あたしは教室を出た。
廊下にはもう誰の気配もなくて、窓の外はオレンジ色に染まっていた。
下駄箱の前でスニーカーを履いていると、階段から足音が聞こえてきた。
振り返ると、先生が鞄を肩にかけて降りてきてた。
「待った?」
「ううん、ちょうど」
「よし、じゃ帰るか」
校舎を出ると、風が少しだけ涼しくて、昼間の蒸し暑さが嘘みたいだった。
夕日がグラウンドを照らして、長く伸びた2人の影が並んでいる。
校門を出てあたしが自転車に乗ろうとした時
「俺が運転する」
「じゃああたし後ろ乗るわ」
「いや走れよ」
「は?!頭おかしいんか」
「ぎゃはははは冗談冗談後ろ乗れよ」
先生は笑いながら、ハンドルを奪って乗り始めた
「ほら、早くーてかサドル低すぎんだけど」
「じゃああたしが前やればよくない!?」
「もう俺が漕いでるし今さら交代めんどくせぇ」
「意味わかんねぇ」
文句を言いながらも、あたしはため息ひとつついて、先生の背中を見つめた。
背中、でけぇな…
普段教室でふざけてる時はもっと子どもっぽいのに、こういう時だけ、ほんと大人に見える。
先生がちらっと振り返って、
「落ちんなよ?」
「子どもか!」
「いや、お前ドジじゃん?」
「うっ……返す言葉もない」
「ほら、しっかりつかまっとけって」
そう言って、腕を掴まれて
先生に抱きつく体制になった
へ?なにこれ、こんなんしていいの?
この距離、やばい。
思ってたよりがっしりしてる。
なのに、心臓がバクバクうるさいのはあたしだけじゃない……よね?
いやほかの人に見られたら、生徒にみられたら
あたし達終わるよ
「せんせっほんとに、いいのこれ?」
「いやぁアウトかもしんねぇな」
「え、やっぱやめる」
手を離そうとした時に先生があたしの手を掴んで
さっきの体制に戻した
「だめっ今だけでいいから」
先生がハンドルを握り直して、少しだけ前を見据えた。
ギュッと、さっきより少しだけ力を入れてしがみつく。
距離はもうゼロに近い
すると、先生の体がピクリと反応して、
少し息をのんだのが背中越しにわかる。
「おい、あんまくっつくな」
「え、だって先生がつかまれって」
「言ったけど…想定より近ぇ……っつかその、やばい」
先生の耳が真っ赤になっていくのがわかる。
「何がやばいの?」
「お、俺が、冷静じゃいられなくなるっ」
「はっ!!!?先生のバカっ!!変態!!」
先生の背中を殴った
「痛ってぇ!!何すんだよ!」
「うわぁぁぁぁぁ!!」
あたしは殴った反動で自転車から落ちそうになる
それを先生があたしの手を引っ張って助けてくれた
「ほら言わんこっちゃない」
「うううっ」
「唸らない!」
先生はあたしの手の甲を握ってまた抱きしめさせた
先生の背中に額をくっ付ける
背中ごしに伝わる心臓の音と、自分の鼓動が混ざって、世界が“先生”でいっぱいになる。
「先生…すき」
「俺もっ…」
言いかけて、飲み込んだ。
その先の言葉を、先生はくれなかった。
きっと先生だから、その重荷があるんだろうな
これがお互い学生だったら良かったのに
そしたらもっと言いたいことも、したいこともセーブかけずにできるのに。
でもこんな背徳感も悪くない
「着いたぞ〜」
気がづくともう家の前だった
自転車が止まっても、すぐには降りる気になれなかった。
「まだ帰りたくない…」
「葵それずるい」
そう言いながらも、声はどこか甘くて、少し笑っていた。
心の底からこの人が好きだと感じる
「まだ一緒にいたい」
「俺もだよ」
「先生っ」
この気持ちが先生と、一緒なのがすごく嬉しかった。
誰にも言えない“好き”を、
こうして少しずつ形にしていくのが、
たまらなく嬉しくて、たまらなくこわい。
今だけでいい。
この一瞬が、永遠みたいに感じられるなら。
すると突然
夢から現実に引き戻すように、家の中からドタドタと音が聞こえた
続く……
目が覚めると10時だった
補習は8時半から…
「終わったわ…」
夜更かししてた訳でもないけど
昨日の夜はドキドキしてて寝れなかった
先生と二人きり…
図書室じゃいつもそうだけど
今日は教室だからね
ゲーマーがちゃんと先生する日だからね
これが2週間続くんだよやばいよ
早く行かないと
先生に会いたい
リビングに行くとこーすけはラーヒーとゲームしていた
平川「葵おはよ!お邪魔してます!」
葵「おおラーヒーじゃん!」
葵「てかこーすけのばか!!!なんで起こしてくんねぇの!!?」
こーすけ「おはよ!てか葵いたんだどしたん?」
葵「今日補習あるって言ったよね!!?」
こーすけ「あ!!本当だ忘れてたごめん!」
平川「いや葵が普段自分で起きないから悪いんでしょ」
葵「ラーヒーうるさい」
こーすけ「ご飯作ろうか?」
葵「そんな時間無いよ!行ってくるわ」
平川「ばいばーい」
こーすけ「気をつけてな」
葵「あ、ヒラ今日何時までいるの?」
平川「今日は泊まりだよ?」
葵「帰ったらゲームね!」
平川「おっけい待ってる!」
あたしは2人に手を振って
近くにあったお菓子を持って家を出た
先生の分も一緒に。
家を飛びだして
全速力で自転車を漕いで学校に向かった
蒸し暑すぎる帰りたーい。
学校に着いた瞬間
あたしは未だかつてないほど全速力で教室まで走った
ついに教室に着いてしまった
今の時刻は10時20分
約2時間の遅刻
先生にどんな顔して会えばいいんだよ
教室の扉はいつもより重く感じた
「すいませんでしたぁぁぁぁ!!!」
教卓に寝そべってあたしのSwitchで遊んでる先生がいた
先生が口を開く前に渾身の土下座を見せつけた
「ぶはははは!!そこまですると思ってなかったわ」
先生が手を叩きながら笑ってる
そんな姿も好きだっ!
「てか遅せぇよ何してたん?」
「マジでごめん起きたら10時」
「来る気ないだろそれ」
「違うんだって!!寝れなかったのよ!」
「まぁいいわ座れよ」
先生の目の前にある机に座った
「明日は絶対遅刻しないからさぁ!」
「それが当たり前なんだよばーか」
小声で文句を言いながら、あたしは机に突っ伏す。
さっきまでの爆走と土下座で、もう体力はゼロ。
「つーかーれーたー!」
「俺も2時間待たされて疲れた帰りてぇ」
「ごめんてっ笑」
「てかマジで補習あたしだけ?」
「そうだよ」
「お前俺のこと好きすぎだろ」
「すきじゃねぇーよ」
「あおちん素直じゃねぇからなぁ」
先生はまだSwitchで遊んでたけど
ふと手を止めてこっちを見た。
「てかそれ何?」
先生はあたしが抱えて持ってるものを指さした
「あ、お菓子!お詫びです!!」
「うわぁ!チョコじゃん!!くれんの!?」
「好きでしょこれ」
「俺これ大好き!!ありがと!!」
子どものように喜んでる先生可愛い!!
「今日なにすんの?」
「問題解け」
先生があたしに1枚のプリントを見せた
「げ、テストじゃん授業が良かったんだけど!」
「お前授業だったら寝るだろ」
「これで60点取れ」
「60はきついっすよ」
「文句言うな」
「はぁやればいいんでしょ」
「じゃあ50分あげるから終わったら教えて」
「はーい」
プリントを受け取って、ペンを握る。
全くわからんどうしようなんだよこの問題!!
一問目から漢字の読み問題、つぎ文法、つぎ読解
お願い帰らせてくれ。
ちらっと先生を見ると、Switchを片付けて、今度はパソコンを使って他の仕事をしてる。
…珍しく、ちゃんと先生っぽい。
ペンが止まってるのに気づいたのか、先生が横から覗きこんできた。
「おーいまだ5分も経ってないぞ」
「ねぇ、なんでこんな難しいの?」
「昨日の小テストの応用版。お前途中で寝たからやってないだろ?俺の授業なのに!!」
「うわぁ…その話掘り返すぅ…」
「寝るからだろ。罰だ、罰」
「終わりだぁ」
ぶつぶつ文句を言いながらも、あたしは問題を解き始めた。
教室の中はしばらくの間、ペンの音だけが響く。
たまに先生が椅子をギシッと鳴らしたり、あたしの書いた文字をちらっと見てきたりするけど、ほとんど無言。
こんなふうに先生と2人きりで“ちゃんと”授業っぽいことしてるのって、なんか…新鮮だ。
「せんせー!まったくわからん!」
「ちゃんと考えろよ」
呆れたように言いながらも、先生は椅子から立ち上がり、あたしの横にある椅子を隣に持ってきて、あたしのプリントを覗き込む。
距離、ちっっか!
「ここはさ、文法問題って言っても“助詞の使い方”な。まず“〜が”と“〜を”の違いから──」
やばい近い近い近い近い!!!
心臓がドラムみたいにドクドク鳴ってるのに、先生は真顔で説明してくる。
目の前にあるのは、真剣な顔。ダメだかっこいい
鼻筋とか…目の形とか…思ってたより整ってるなとか……そんなことしか考えられないんだけど!!?
てかいい匂いする
「なぁ、聞いてるか?」
「えっあっ!?う、うん聞いてます!!」
「うそつけ、完全に別のこと考えてただろ」
「いやっ……」
「顔真っ赤よ」
「へ!?」
ばれてる!?うそ!?恥ずかしっ!!
「なんでそんな顔赤いの?俺なんかした?」
「してませんしてません!!」
「へぇー?じゃあなんで動揺してんの?」
先生が意地悪そうにニヤっと笑って、さらにぐっと顔を近づけてきた。
しかも低い声で
「……もしかして、ドキドキしてんの?俺のこと、意識してる?」
「うるせぇ!!!ちょ、離れてよ!!!」
「してないなら、近づいても平気だよなぁ?」
「平気じゃないから言ってんでしょおおお!!」
顔を両手でバッと隠してのけぞると、先生は満足そうに笑って、やっと少し距離を取った。
「お前やっぱおもしれぇな」
「もう先生嫌い!」
「俺もきらーいこんな子」
先生がめっちゃ笑ってる
だめだ完全に先生のペースに乗せられてる
心臓が痛いくらいドキドキする
「ほんと葵は可愛いな」
そう言って先生は愛おしいものを見るような顔をして、耳を赤くしながらあたしの頭を撫でた
「ばかっ」
先生は照れ隠しにあたしの額にデコピンした
「いっでっ!それは無いだろ!!」
「普通に手加減しろよ!!」
額を押さえながら睨むと、先生はケロッとした顔で言った
「はいやるぞ〜」
は?、何事もなかったかのように!?
あたしの頭撫でたよね!?
「可愛い」って言ったよね!?!?
なのに、なんで急に真顔に戻ってんの!?
もう何考えてるかわかんねぇよ!!
「え、えーと、どこからやるんだっけ?」
「ここ、“〜が”と“〜を”の使い分け。主語と目的語の違いわかってる?」
「うぅ……そこから?」
「そこからよ」
真顔。
たった今、あたしの額にデコピンしてた人と同じ人物とは思えない。
スイッチ切り替え早すぎじゃない!?
こっちはまだドキドキしてまともに文字も読めてないんだけど!?
「……大丈夫か?」
先生がふと、心配そうにこっちを覗き込む。
その距離はさっきよりは遠いけど、目が合うだけで心臓がギュッてなる。
「だ、だいじょぶ……」
「顔、まだ赤いけど?」
「先生のせいですが!!」
「え?なに?なんかしたっけ?」
……完全にとぼけてる。
わざとだ!!確信犯だ!
あーーもーーーずるい!!
「ちゃんと集中しろ」
「ううっ」
「理解できたか?」
「はっ、はい!」
「絶対嘘だろ」
「まぁ次行こ次!」
理解なんかできるはずもなく、先生の説明が終わった
やばいこれ2週間持たないです
助けてください!!
「あとは?」
「これ」
「古文かちゃんと考えたか?投げやりになってね?」
「だってやるのめんどくせぇもん」
「補習の意味ねぇだろ!」
「やるよ!怒んないでよ」
5分経過
10分経過
だめだぁぁ普段ならできるのになんも頭に入んねぇ!!
救済措置を!!
「おい、手止まってんぞ、これくらい葵はできるだろ」
「やばいまじで頭回んねぇ」
「仕方ねぇな一緒にやるか」
先生はあたしがあげたチョコのお菓子を食べならそう言った
なんでそんな落ち着いてんだよ
「ここ……これ」
あたしはプリントの一部を指差す。
そこに書かれていたのは百人一首でよくある和歌。
瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の
われても末に あはむとぞ思ふ
「読めるか?」
「余裕で」
「お、やるじゃん、内容は?」
「えっと恋のやつ? “流れが速い川が岩で分かれちゃっても、また最後に会える”みたいな……」
「だいたい合ってる。これは“別れちゃってもまた巡り合おうね”っていう、わりと前向きな恋の歌だな」
「え、泣けるんだが」
「ほんと、女ってこういうの好きだよな」
「なんかそれ嫌だ!女で一括りにされんの」
「今はそれいいからやるぞ」
先生はプリントを指差して説明を続ける。
「瀬をはやみの“瀬”ってのは、川の流れが速い浅いとこな。“はやみ”は速いからって意味」
「うん」
「“岩にせかるる”で岩にせき止められて
つまり、流れが岩で分かれてるってこと」
「滝川って川のこと?」
「そう“たぎる川”って書いて滝川。勢いのある川だな。“われても”は分かれても。“末にあはむ”は最後には会おう。“と思ふ”はそう思ってるってことだな」
「めっちゃ前向きやん」
「恋人同士が離れ離れになっても、きっとまた会える、そんな歌」
「はぁいいなあそういうの」
「お前も将来こんなふうに誰かと“末にあはむ”みたいな恋すんの?」
「え、なんか言い方きもい」
「はぁお前きもいしか言えねぇの?」
「でもさ、別れてもまた会いたいって思える人に出会えるって、すごくない?」
「まぁ、そういう相手がいるなら、な」
先生は一瞬視線をそらしてから、またプリントに視線を戻す。
その横顔がなんか、いつもより大人びて見えた。
「……先生は?」
「ん?」
「そういう人、いた?」
「まぁ昔な」
「どんな人?」
「なんだよ急に、テスト中だぞ」
「えー教えてよ!先生にもそういうのあったんだーって思うだけ」
「高校の時付き合ってた元カノだよ。向こうは多分俺のことなんてもう気にしてないと思うけど」
先生は、ちらっとあたしの方を見て、それから少しだけ目線を落とした。
「へぇ〜好きだったの??」
「そうだな、本気だったわ」
先生の声が、いつものふざけた調子じゃなくて、少しだけ静かだった。
「なんで別れたの?」
「俺は大学の進学でこっちに来て、向こうは地元に残って……」
「やだ、それって“末にあはむ”じゃないの?」
「その時はな、いつかまた、って、でも」
「……でも?」
「でも、また会えたとしても、もう戻れないってこともある」
その言葉に、あたしは思わずペンを止めて、先生の横顔を見た。
ちょっとだけ、さみしそうだった。
でも、その目はあたしの方を見てなかった。
「でもさ」
「ん?」
「最近になって、あのときの気持ちを超えたって思えることがあってさ」
先生は例え話のように言った
「なんそれ」
思わず聞き返すと、先生はふっと笑って、誤魔化すように頭をかいた。
「まぁ、結構好きなんだよ、俺そいつのこと。ドジでなんか見てて放っとけなくて、バカで、でも一生懸命なヤツ」
「へぇ〜」
「また会えたらいいなじゃなくて、ずっと俺のそばにいてほしいって思うようなヤツ」
その言葉に、心臓がドクンと跳ねた。
先生があたしの目を真剣に見て話してくる
先生の耳が赤い。
これってあたしだよね?
いや、でも違ったらどうすんのよ自意識過剰すぎだろ。
そう思って、あたしは視線をプリントに戻す。
「で、どうすんのその子とは」
「さぁな」
「さぁなって……」
「教師だから立場あるし、好きって言われるけど“先生“としてなのか“一人の男“としてなのかもわかんねぇ」
「そういうのずるいよ」
口から出た言葉は、自分でもびっくりするほど真面目だった。
先生は、あたしの顔をじっと見つめた。
「ずるいかもな」
「その人があたしだったらいいなぁ」
思わず口をついて出たその言葉に、自分でびっくりして、息が詰まった。
え、なに言ってんのあたし。
えぐ、あたしのバカ!!やばいやらかしたかも。
そう思って、思わず顔を伏せた。
教室の中は、一瞬だけ、しん……と静まり返る。
まるで世界が、一瞬だけ止まったみたいに。
先生は何も言わなかった。
いや、たぶん、何か言おうとしてた。
でも、声にはならなかった。
そのくらい、あたしの言葉は、きっと予想外だったんだと思う。
「ごめん、今のナシ」
あたしは慌ててプリントを見て、誤魔化すようにペンを握りしめた。
でも、手が震えてる。
ペンが、紙の上で止まってる。
先生はゆっくりと、イスから立ち上がった。
そして、何も言わずに、教卓に帰っていった。
まずいほんとにやらかしたかも。
「なぁ」
顔を上げると、そこにはさっきと違う、ちょっとだけ迷ってるような、でも優しい目をした先生がいた。
「それって、冗談?」
静かな声だった。
あたしは、少し迷って、ゆっくりと首を横に振った。
「……違うよ。冗談じゃない」
言ってしまった。
もう、止められない。
あたしの声は、思ってたより震えてて、でも、ちゃんと先生に届いたと思う。
先生は、少し目を見開いて、それからふっと、苦笑いみたいな、でも嬉しそうな笑い方をした。
「葵の“好き“って先生としてだと思ってた」
先生はどこか照れくさそうに視線を逸らしながらつぶやいた。
「だから俺、前に卒業したら待ってるて言ったのすげぇ恥ずかしかったけど」
「…っ」
「俺…本気で葵のこと待ってる」
こ、これ現実?
こんなことほんとにあっていいの?
こんなに幸せになっていいの?
嬉しくて、でも怖くて、
ずっと欲しかった答えなのに、
すぐには返事ができなくて。
「……ほんとに?」
「うん」
「ほんとに、あたし?」
「他に誰がいるんだよ」
先生が、少しだけ笑った。
その声があまりにも優しくて、涙が出そうになる。
「じゃあ、あたしも待ってていい?」
「バカタレ、お前は待たせる側だろ」
「じゃあさ、卒業したら、」
あたしは、震える声で言った。
「卒業したら、その時ちゃんと言って」
「何を?」
「“好き”って」
先生は一瞬だけ目を見開いて、それから優しく、ゆっくりとうなずいた。
「……言うよちゃんと葵の前で」
あたしの胸の奥に、灯った想いが、
やっと、本当の形になった気がした。
「この話俺と葵の秘密な?」
先生は口元に人差し指を置いてそう言った
これがガチ恋勢ができる理由か
大人の余裕が怖い
ずるい人だ
「だから今はちゃんと生徒と教師な?それ以上は無いから」
「わかってるよ」
卒業するまでが待ちどうしい
こんなに心から幸せが溢れることってあるんだ
これが幸せなんだな
あたしは先生と幸せになりたい
先生と付き合って結婚して
ずっと先生のそばにいたい
そんな幸せな空気感が突然一気に壊れた
教室のドアが勢いよく開く
「あ!居た!清川せんせっ!あ、葵もいんじゃん!」
高めの声に、びくっとなる。
振り返ると、立っていたのは昨日更衣室で話しかけてきたクラスのガチ恋の子だ
うわだる
てかずっと思ってたけど、なんで呼び捨てなん
うちらそこまで仲良くないよな
先生の顔も「今じゃねぇだろ…最悪」みたいな顔してるし
女の子があたし達に近ずいて来てあたしの隣に座った
先生「どしたんリア」
あ、この子リアって子なんだ3年間同じクラスなのに知らなかった笑笑
リアは先生に、にこっと笑って、手をひらひらさせてる
きも
リア「べつに? 部活終わりになんとなく先生のかっこいい顔見たくなっちゃってさ」
よく素直にそんなことが言えますねぇ〜羨ましい限りですよ
先生「俺ら忙しいから帰れってテスト中だしよ」
リア「えー会いに来たのに?」
先生 「リア」
リア「せっかくだしリアも補習受けよっかなぁ」
先生「リアいい加減にしろ」
リア「葵と2人きりとかずるいなぁ?」
葵「はぁ空気読めよ」
あたしは聞こえるか聞こえないかの小さいうんざりした声で返した。思わずため息も出た。
リア「最近の先生、葵ばっかじゃん!放課後もいないしさ!この前お姫様抱っこしてたし」
先生 「んなたまたまだろ」
リア「2人は付き合ってんの?」
葵「はぁめんどくせぇなあたしらが付き合うわけねぇだろ」
先生「俺がこんなにガサツなやつ好きになると思うか?」
リア「うーん確かに?」
んん?ちょっと?それは言い過ぎでは?
グサグサ刺さってるよ?
てかお前も確かにって言うな!!
あたしのことなんも知らねぇだろが!!!!
ぶっ飛ばすぞ
リア「でも最近みんな噂してるよ2人ができてるって」
先生「あるわけねぇだろ」
リア「ふーん絶対なんかあると思ったんだけどなぁ」
先生「で、それ言いに来たんかお前は?」
リア「うんそうだよ、よくわかったね」
葵 「先生に嫌われる前に帰った方がいいんじゃね?」
リアは一瞬だけムッとした顔を見せたけど、すぐに取り繕うように笑った。
リア「え〜?別に嫌われてないし〜ってか、そんなにキレるってことはやっぱ図星?」
葵「はぁ」
先生「いい加減にしろって言ってるだろ?噂でふざけたこと言って、それで誰か傷つけて、楽しいか?」
リア「別に噂したのはあたしじゃないけど? みんなが言ってるんだよ?」
先生「お前が言い出したって話も聞いてるけどな?」
リア「……っ」
明らかに動揺してるリアの顔。
たぶん、言い出しっぺがリアだってこと、もうバレてる。
先生「俺のことが好きなのは、別に構わない、でも、それを理由に他人を傷つけるようなことはやめろって言ってんの」
リア「……っなによ、先生まで葵の味方?」
先生「味方とかそういうんじゃない。“教師”として当たり前のこと言ってるだけだ」
リアは、もう笑ってなかった。
少しだけ唇を噛んで、それから、睨むようにあたしを見た。
リア「……あんたって、ほんとズルいよね」
その言葉を最後に、リアは教室から出て行った。
ドアが閉まった瞬間、教室に静けさが戻る。
「なんか麻央ちゃんみたいだね」
「麻央よりまだマシだわ」
「そうだね」
ぽつりと呟いて、あたしは机に突っ伏した。
「うわー、胃が痛い。こうやっていじめられるんだ!死にそう!」
「まじでお疲れ」
「いやいやいや、なんでそんな他人事?なんであたしがあんなふうに責められなきゃなんないのよ!!」
「でもお前、ちゃんと否定したじゃん、立派だったぞ」
「うるさい!今その褒め方キモい」
「ガサツって言ったの根に持ってる?」
「当たり前だろ、あれ地味に刺さってるからな!」
「だってさ〜リアの前で本当のこと言えるわけねぇじゃん」
「はあ!?じゃああたしだけ傷ついてろってこと!?最低か!!」
「違う違う!それだけ信頼してるって話!!」
そう言って先生は笑いながら、あたしの机にチョンとおでこをつけた。
近っ……。
「葵のことは俺が守るから気にすんな」
先生が低い声で語りかけるようにそう言った
かっこいい…
「え、待って今のすんごいイケボだったよね!?
きっも!!絶対意識して言ったよね!!ちょっとキメ顔してたし!きっしょ!」
「してねぇわ!!」
先生がバレたかみたいな顔をした
「はいしてたーー!!はい黒ーーー!!」
「こいつうぜぇ!!!」
「先生顔に出すぎ!!演技下手か」
「よし!!一難去ったしやるか」
「いや話変えんなよ」
「ほらお前は勉強しろ」
先生が急に立ち上がった
「おう!ちょっとサッカー部とサッカーしてくるわ!!俺顧問だし!!」
「は?ちょマジで言ってんの?今補習中だぞ!!」
「なんかあったらここから叫べよ!お前声でけぇから届くだろ」
「そういう問題なん!!?」
そう言って先生は教室を飛び出して行った
きっと今のでストレスが溜まって無性に動きたくなったんだろうな
先生の中の人絶対中学生だろ
「なんでもありかよ」
けどそういうところが好きなんよな。
子どもみたいな所も、ふとした時大人みたいな顔すると所も、全部大好き
あたしだけが見ていたい
だけどこれからそう上手くいくとは限らない。
きっと今日のことで夏休みが終わったら嫌な事ばかり増えていきそう。
だけどあたしには先生がいるから
先生があたしを好きだって、考えるだけでなんでも頑張れる気がした
先生が教室に戻ってきたのは、それから1時間後。
シャツは汗でべったり。髪も濡れてて、息は少し乱れてる。
なのに、あたしを見た瞬間、すっごく楽しそうに笑って「ただいま〜あちぃ〜」って。
ほんとに、なんなんだよその顔。
いつも子どもみたいに無邪気で、でもふとしたとき大人みたいに真剣で。ずるい人。
いつもあたしの“好き“を更新させてくる
今すぐ抱き着きにいきたいくらいに
普段のノリじゃないと出来ないな。
今は違う
てか汗だくすぎて嫌だ
辺りはもう夕日が出てきそうなくらいの明るさ
時計を見るともう5時だった
「よしそろそろ終わるかあ」
「よっしゃ!帰れるー!!」
「俺も帰ろっかなあ」
「一緒に帰る?」
「ありだな」
「家まで送ってよ」
「何が欲しいんだよ」
「何もいらねぇよ、あたしのことなんだと思ってんだよ」
「冗談だよ先行っといて荷物取ってくる」
「りょーかい」
そう言って、あたしは教室を出た。
廊下にはもう誰の気配もなくて、窓の外はオレンジ色に染まっていた。
下駄箱の前でスニーカーを履いていると、階段から足音が聞こえてきた。
振り返ると、先生が鞄を肩にかけて降りてきてた。
「待った?」
「ううん、ちょうど」
「よし、じゃ帰るか」
校舎を出ると、風が少しだけ涼しくて、昼間の蒸し暑さが嘘みたいだった。
夕日がグラウンドを照らして、長く伸びた2人の影が並んでいる。
校門を出てあたしが自転車に乗ろうとした時
「俺が運転する」
「じゃああたし後ろ乗るわ」
「いや走れよ」
「は?!頭おかしいんか」
「ぎゃはははは冗談冗談後ろ乗れよ」
先生は笑いながら、ハンドルを奪って乗り始めた
「ほら、早くーてかサドル低すぎんだけど」
「じゃああたしが前やればよくない!?」
「もう俺が漕いでるし今さら交代めんどくせぇ」
「意味わかんねぇ」
文句を言いながらも、あたしはため息ひとつついて、先生の背中を見つめた。
背中、でけぇな…
普段教室でふざけてる時はもっと子どもっぽいのに、こういう時だけ、ほんと大人に見える。
先生がちらっと振り返って、
「落ちんなよ?」
「子どもか!」
「いや、お前ドジじゃん?」
「うっ……返す言葉もない」
「ほら、しっかりつかまっとけって」
そう言って、腕を掴まれて
先生に抱きつく体制になった
へ?なにこれ、こんなんしていいの?
この距離、やばい。
思ってたよりがっしりしてる。
なのに、心臓がバクバクうるさいのはあたしだけじゃない……よね?
いやほかの人に見られたら、生徒にみられたら
あたし達終わるよ
「せんせっほんとに、いいのこれ?」
「いやぁアウトかもしんねぇな」
「え、やっぱやめる」
手を離そうとした時に先生があたしの手を掴んで
さっきの体制に戻した
「だめっ今だけでいいから」
先生がハンドルを握り直して、少しだけ前を見据えた。
ギュッと、さっきより少しだけ力を入れてしがみつく。
距離はもうゼロに近い
すると、先生の体がピクリと反応して、
少し息をのんだのが背中越しにわかる。
「おい、あんまくっつくな」
「え、だって先生がつかまれって」
「言ったけど…想定より近ぇ……っつかその、やばい」
先生の耳が真っ赤になっていくのがわかる。
「何がやばいの?」
「お、俺が、冷静じゃいられなくなるっ」
「はっ!!!?先生のバカっ!!変態!!」
先生の背中を殴った
「痛ってぇ!!何すんだよ!」
「うわぁぁぁぁぁ!!」
あたしは殴った反動で自転車から落ちそうになる
それを先生があたしの手を引っ張って助けてくれた
「ほら言わんこっちゃない」
「うううっ」
「唸らない!」
先生はあたしの手の甲を握ってまた抱きしめさせた
先生の背中に額をくっ付ける
背中ごしに伝わる心臓の音と、自分の鼓動が混ざって、世界が“先生”でいっぱいになる。
「先生…すき」
「俺もっ…」
言いかけて、飲み込んだ。
その先の言葉を、先生はくれなかった。
きっと先生だから、その重荷があるんだろうな
これがお互い学生だったら良かったのに
そしたらもっと言いたいことも、したいこともセーブかけずにできるのに。
でもこんな背徳感も悪くない
「着いたぞ〜」
気がづくともう家の前だった
自転車が止まっても、すぐには降りる気になれなかった。
「まだ帰りたくない…」
「葵それずるい」
そう言いながらも、声はどこか甘くて、少し笑っていた。
心の底からこの人が好きだと感じる
「まだ一緒にいたい」
「俺もだよ」
「先生っ」
この気持ちが先生と、一緒なのがすごく嬉しかった。
誰にも言えない“好き”を、
こうして少しずつ形にしていくのが、
たまらなく嬉しくて、たまらなくこわい。
今だけでいい。
この一瞬が、永遠みたいに感じられるなら。
すると突然
夢から現実に引き戻すように、家の中からドタドタと音が聞こえた
続く……