放課後、先生との秘密

27話 失望



ヒラがフジのところに行ったから
後ろでぼーっと歩いてた。何も考えずに、ただひたすら



ふわふわして、夢の中みたいだった。



そんな時だった。


ふと横を見ると



30mくらい先に見覚えのある姿が見えて
思わず足が止まる。




あの襟足の長い髪型とスラッとした体型

間違いなく先生だ!!!


うわぁこんなとこで!?
そうだよね家近いもんねそりゃ会うかぁ!!
話しかけに行こ!!


「せんせっ…」


あたしが先生の方に叫んで向かおうとした時
なにか違和感を感じた



いや、待って



その隣には、すっごい綺麗な女の人。
先生がいかにもタイプそうな人



肩が触れるくらいの距離で並んで歩いていて、
二人とも笑ってる



いや肩もだけど、腕…組んでね?



「は?どういうこと…あたしのこと好きじゃ…無かったの?」



先生の、あんな笑顔
普段の学校では見たことない。


あたしの前でもほんとに嬉しい時しか、見たことないんだよ…


いや、でも人違いかもしれない。結構遠いし


だけど先生だ。
笑った時、高くなる声が先生そっくり


柔らかくて、楽しそうで、
その人のこと、すごく大切にしてるみたいな、そんな顔で……

胸が、ぎゅっと苦しくなる。



あたしが知らない先生だった。


なんで、そんな顔するの。
なんで、そんな距離でいるの。
なんで、なんで、なんで……おかしいじゃん…




あたし先生に遊ばれてたのかな…
まぁ生徒に好きだって言うくらいだもんな…



もうどうしたらいいの…



なんとなくだけど、補習の時に言ってた
「また会えたとしても、もう戻れないってこともある」って言ってた元カノなのかな…



復縁…したのかな


息が詰まって、足が震えた。


……なに、これ……。


わけがわからなくて、その場にしゃがみこむ

勝手に涙が出て止まらなかった。



「葵大丈夫か?どうしたの?」



ヒラの声だ……
なんでこういう時にヒラなんだよ…

くそっ

誰にも気づかれたくなかった
みんなと来てんだからそういうわけないは行かないけど


今ヒラの優しい声聞くとほんとやばい



「ヒラぁぁぁっ……」



ヒラの少し驚いた顔をしたけど
なにか理解したのか優しい顔であたしに話しかけてきた


「ちょっとそこのベンチ座ろっか」


「ヒラっ」

「うん落ち着いて、まぁ別に言えないことなら言わなくていい」


なんであんたはそんなに優しいわけ?

そんなヒラに対しても涙が止まらなくて
またうずくまってしまう


「うううっ」

「可愛い顔が台無しだよ〜」


ヒラがあたしの背中を撫でてくれる


「ヒラのバカっ」


ヒラは困った顔で笑った。



あたしの背中をゆっくりさすりながら、何も聞かず、何も詮索せず、ただそこに居てくれた。


……ほんと、ずるいよヒラ。



「みんなにいい店見つけたから別行動するわってLINEするね」

「うん…ありがとう」


こんなんじゃみんなの元に戻れない
それを察知してくれたんだ

なんだよ…なんでそんなに良い奴なんだよ



「ほら、深呼吸して〜いーち、にー、さん……」

「うるさい……子ども扱いすんな……」

「いやいや、葵の泣き顔見るとつい世話焼きたくなるみたいな?んふふ」


「何それ…」

「ぎゅーしてあげよっか?」



ヒラがいたずらっぽくそう言った


普段なら絶対断るはずなのに


「する…」

「は、え、流石に冗談だよ葵」


何言ってんだあたし、、なんでこんな時ヒラに甘えてんの?

だけど今はヒラに、誰かに触れないと息が詰まってしまいそうになる



「……ヒラ、ごめん……」

「え?何が?」



あたしは勢いに任せてヒラに抱きついた



「ちょ、葵……!」



ヒラの声が少しだけ震えてた。

だけど、抵抗することもなくて、
あたしの背中にそっと腕が回る。


「ごめん…ちょっとだけ……このままでいさせて……」

「ああ、うん……わかった」
「いっぱい泣きなよ」



ヒラはそれだけ言って、あたしを強くも弱くもない力で、ぎゅっと包み込んで、ただ黙ってそばに居てくれた。

先生のあの笑顔が、何度も脳裏に浮かぶ。
あの人の隣にいた綺麗な女性、組まれた腕、楽しそうな声——
全部が頭から離れない。


一人で抱え込めないこんなの
ヒラに言ってしまおう


「ヒラ…」

「ん?」

「先生がさっき……女の人といた……」

「………………は?」


ヒラの腕が一瞬止まるのがわかった。



「……それ、偶然見たの?」

「うん……近くで……すごく楽しそうで……
腕、組んでた……」
「あたし……遊ばれてたのかなっ?」



喉の奥がキューってなって、もう声にならない。
泣きたくないのに、涙が勝手にこぼれてもう止まらなかった。



「辛いのに話してくれてありがと…」



ヒラは少しだけ深く息を吸い込んで、あたしの髪をそっと撫でてくれた。


「でも……その人がキヨかちゃんとわかんないじゃん?葵の思い違いかもしんないし、勝手に諦める必要なんかないって」
「もしかしたら妹かもしれないじゃん?」

「……いやあれは先生だって……」
「先生に妹は居ないんだよ」


「……そういうならキヨなんだね……好きな人の知らない顔見るのって、辛いよね。わかるよ」

「……うん…これからどうしたらいいの?」

「こんなこと言うのは間違ってると思うんだけどさ…」


ヒラの顔が少しづつ曇っていく



「な、なに?」

「もうそんな酷い人忘れちゃえば?」
「俺のとこ空いてるよ?」
「俺は葵のこ絶対傷つけない誓えるよ」


その声はさっきみたいに落ち着いてて、真剣だった。だけどあたし達は幼馴染で、それ以上それ以外は無い。想像も出来ない。したくない



「ヒラは無いって」

「わかってるよ」
「キヨのこと大好きだもんねんふふ」


ヒラの声が優しくて、申し訳なくて、
なんでこんな時に優しいの、って思いながら、
また涙が止まらなくなった。



「ヒラ……ありがとう……」

「泣き止むまで、ここにいるから……俺でよかったら、だけど」

「……あんたじゃなきゃ、ダメだったよ……」



ヒラが小さく笑った気がした。

少しだけ、心が軽くなった。


ヒラの優しい声と温もりに包まれたまま、
あたしは、ぼんやりと空を見上げていた。

夏の空は、こんなに青かったっけ
セミの声が遠くで響いてる。
何もかも、さっきとは別の世界みたいだった。


……でも、現実は変わらない。
先生が、あんな笑顔で隣の人を見ていたことも。
あたしがその姿に、どうしようもなく傷ついたことも。


もうこれ以上傷つきたくない。
だから先生と……距離を置こう。
きっと、いや絶対正しくない
わかってるんだよ…
だけど今のあたしには…これしか出来ない


もう心が限界なんだ。



「……ヒラ」

「ん?」

「……もう、先生と話すの……やめる」


言葉にした瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられて、さっきまで止まっていた涙がまた溢れ出してきた。


「……そっか」

ヒラはそれ以上、何も言わなかった。
ただ黙って受け止めてくれる。
……昔から、そういうところに救われてきた。


「きっとまた勝手に傷つくから」

「……うん」


「だったら、距離を置いた方がマシ…
もう、これ以上はしんどい……」



唇が震えて、涙がこぼれそうになる。
でも、今だけはもう泣きたくなかった。



「葵……」

「大丈夫……もう泣かないって決めた」


言いながら、自分でも驚くくらい声がしっかりしてた。
ヒラが黙って、でもどこか誇らしげに、あたしを見てた。


「……偉いな、葵は」

「別に……かっこつけてるだけだよ」

「それでもいいじゃん俺は………応援する」



ヒラの言葉に、やっと心が少しだけ落ち着いた気がした。
あたしは立ち上がり深呼吸した。



「もう行こ!みんなに心配かけたくないし」

「無理しなくていいよ?」

「……だ、大丈夫だよ」



そう小さく笑って、ヒラと並んで歩き出す。
先生のことを、簡単に忘れられるはずがない。
でも、これ以上傷つくのは嫌。
自分を守るために、距離を置こうって決めた。




先生のバカ……
こんなに好きなのに…
誰に言い寄られても断ってるのに…
あたしは先生だけなのに…


心の中でそうつぶやいて、そっと唇を噛んだ。





もう…話しかけるのはやめよう。
今は、それしか方法がないから…









こーすけ 「おかえりー!」

ナチ 「遅せぇよ!!どこの店行ってたんだよ」

葵「なんだっけヒラ?」

ヒラ 「うーん別にいい物もなくてあんまだったね覚えてない」


ナナ 「なんかヒラ嬉しいそうだな」


ヒラ 「うーん?そうかな?葵とデート出来たからなかなぁ?」

葵 「きっしょ」

フジ 「フジと葵って仲良いんだか悪いんだかよくわかんねぇな」

ヒラ「仲良いもんねぇ〜葵?」





そう言ってヒラはあたしの顔を満面の笑みで見てきた


葵 「良くねぇわ!」

ヒラ 「え〜俺ずっと片思いじゃん!いつ終わんのこれ」

こーすけ 「ヒラ葵は俺のだぞ!!」

葵 「こーすけのではない!」





こうしてヒラのおかげでいつもの日常に、
いつものあたしに戻ることが出来た。


——笑って、騒いで、バカみたいで、でもなんかホッとした。
胸の奥の痛みはまだ消えないけど、それでも。



ヒラのおかげで、少しだけ前を向けた気がする。
こんなふうに笑えてるのは
全部、ヒラがそばにいてくれたから。



……ありがとね、ヒラ。




でもこの気持ちは、誰にも言わない。
全部、あたしの中にしまっておく。




それは先生のことも、今日見たあの光景も。
どれだけショックだったかも、どれだけ傷ついたかも。




そうやって、何もなかった顔して笑ってれば
きっと、また前に進めるから。
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