【マンガシナリオ】天音センパイのお気に入り
第5話
〇映画館・トイレ
女子トイレから出た所で、誰かとぶつかってしまう光瑠。
光瑠「あっ、すみません」
顔を上げると、そこにいたのは柊斗。
偶然すぎる出来事に、光瑠も柊斗も驚いて目を丸くする。
光瑠「先輩……!」
柊斗「七瀬……!」
光瑠(女子トイレから出て来た所見られた……!)
光瑠はすぐにその場を離れようとするが、柊斗がその手を掴んで引き止める。
柊斗「待って!」
光瑠「離してください!」
柊斗「頼むから、俺の話を聞いてほしい」
柊斗の手を振り払おうにも、力の差でびくともしない。
光瑠は仕方なく抵抗するのを諦める。
〇広場
中央に噴水があり、それを囲むようにベンチがある。
家族連れやカップルが集い、のどかな雰囲気。
そのうちの1つに並んで座る光瑠と柊斗。
光瑠のスマホには美空から〈美空:私のことは気にしないで! ちゃんと話せるといいね〉とメッセージがきている。
柊斗「ごめん友達と一緒だったのに……」
光瑠「いえ、大丈夫です……」
お互い横目で意識しながら、何から話そうか迷う2人。
そして次の瞬間同時に喋り出す。
光瑠「この前はごめんなさい!」
柊斗「この前はごめん!」
そしてお互い顔を見合わせて、戸惑う。
光瑠「なんで先輩が謝るんですか?」
柊斗「なんでって、俺が無神経に色々聞いたせいで、七瀬に辛いこと思い出させたから。ほんとごめん」 ※膝に手を置いて頭を下げる。
光瑠「いいんです! あれは私が勝手に話し始めたんですもん! それより私の方が」
柊斗「七瀬こそなんで謝るんだよ」
光瑠「だって、先輩バイト終わるの待っててくれたのに、私お礼も言わずにあんな言い方して……」
柊斗「あれは俺が勝手に待ってただけだから」
光瑠「とにかく、先輩は何も悪くないんです!」
柊斗「じゃあ、お互い様ってことにしよう。それでいいな?」
光瑠「……わかりました」 ※渋々納得。
柊斗「はぁぁぁぁ……メッセージも無視されるし、明らかに避けられてるし。もう口聞いてもらえないかと思ってた」 ※空を仰ぐ。
光瑠「……それを言うなら私です」
柊斗「え?」
光瑠「先輩、ドン引きですよね。呆れましたよね……」
柊斗「俺なんかドン引きしてんの? 何の話?」
光瑠「聞いてもらって大丈夫です。なんで女子トイレから出てきたんだって」
柊斗「それは、トイレ行ったからだろ?」 ※当たり前のように。
光瑠「だって、女子トイレですよ? 男子トイレじゃなくて!」
柊斗「うん。それがどうしたんだよ」 ※光瑠の言っている意味が全く分からない。
光瑠「……先輩、私が女だって気づいてたんですか?」
柊斗「え、うん」 ※当たり前のように。
光瑠「いつからですか!」
柊斗「サークル勧誘されてた時かな? 似てるなーとは思ってたけど、七瀬の名前聞いて、あと俺のこと『先輩』って言ったの聞いて、もしかしたらそうなのかなーって」
光瑠「なんで何も聞かなかったんですか? 普通気になりません?」
柊斗「別に。だって俺にとってはどっちも『トレンチコートを気に入ってくれた七瀬光瑠』に変わりないから」
「女とか男とか、正直どっちでもいい!」
光瑠は柊斗の言葉と彼の器の大きさに感服し、言葉を失う。
すると、走り回っていた幼い男児が光瑠たちの前で転んでしまう。
男児は痛みで今にも泣き出しそう。
光瑠と柊斗が声をかけようとすると、そこへ年の近い女児が走ってくる。
男児「ねぇちゃんイタイよ」 ※半泣き。
女児「ねぇちゃんが魔法かけてあげるからね。痛いの痛いの、ねぇちゃんの方にとんでこ〜い!」
「うっ……」 ※痛いフリ。
男児「ねぇちゃんもイタイ?」
女児「ちょっとね。でもイタイの半分こしたから、もう立てるよ。ねぇちゃんとがんばろ!」
女児が男児の手を取って立ち上がり、そのまま手を繋いで歩き出す。
光瑠と柊斗はホッコリしながら姉弟を見つめる。
柊斗「強くて優しいねぇちゃんだな」
光瑠「ですね……」
手を繋いで歩く姉と弟の背中を見て、光瑠はかつての自分と双子の弟・海里を重ねる。
そして気持ちを落ち着かせるように深呼吸をして、再び口を開く。
光瑠「天音先輩」
柊斗「うん?」 ※ 初めて名前で呼ばれたことに驚きながら。
光瑠「この間の話の続き、聞いてもらえますか?」 ※リラックスしている。
柊斗「俺はいいけど……無理してない?」
光瑠「はい。天音先輩には聞いてほしいって思ったんです」
柊斗「分かった」 ※優しく。
○光瑠の回想・光瑠の実家
光瑠「お母さん、どう?」
光瑠(10)は膝丈のギンガムチェックのワンピースに、ビーズとリボンをあしらった麦わら帽子をかぶって母に見せにくる。
髪は長く、サイドで三つ編みにしている。
今の光瑠では考えられない格好。
母「すっごく可愛い。でも帽子はやめといたら? 風で飛ばされちゃうかもよ」
光瑠「ちゃんとかぶるから大丈夫!」
玄関からは「光瑠まだぁー?」という海里(10)の声が聞こえる。
光瑠「はいはい今行くー!」
○光瑠の回想・川沿いの道
自転車で並走する光瑠と海里。
光瑠モノ『私と海里は双子の姉弟で、二卵性とは思えないほどよく似ていた。髪の長さや服を揃えたら、お母さんでも見分けがつかなかったと思う』『姉と弟というよりは、相棒に近くて、習い事も遊びに行くのも、ほとんど2人一緒だった』
突然風が吹き、光瑠の麦わら帽子が川の上に飛ばされてしまう。
光瑠「あ!」
光瑠は自転車を止め、帽子を取りに川の中に入ろうとするが、それを海里が止める。
海里「バカ! 服脱がないと溺れるぞ!」
光瑠「でも脱いだら下着になっちゃうんだもん」
海里「しょーがないなぁ。俺が行く」 ※Tシャツを脱ぎ出す。
光瑠「海里泳げないじゃん!」
海里「泳げなくねーし! ちょっと水が嫌いなだけだよ……」
光瑠「いいよ。お母さんに言われたのに帽子かぶってきた私が悪いんだもん……」
海里「でもあの帽子光瑠のお気に入りだろ? キラキラで可愛いーとか言ってたじゃん」
光瑠「そうだけど……」
海里「大丈夫。俺が必ずとってきてやるから!」 ※ニカっと笑う。
海里は脱いだTシャツを光瑠に渡し、短パンのまま川に入っていく。
すいすい泳いでいき、あっという間に帽子の所までたどり着く。
帽子を持った手を高く挙げて光瑠の方に向かって見せる。
光瑠「ありがとー! 早く戻ってきてー!」
しかしさっきまで余裕そうだった海里が突然川の中に消え、水面をばしゃばしゃとさせたあと、一向に姿が見えなくなる。
光瑠「海里……海里ぃー!」
光瑠が川に入ろうとすると、通行人がそれを止める。
通行人「こら、ここで遊んじゃダメだよ。この川は深くて流れが速いんだ」
光瑠「でも海里が! 海里が戻って来ないの! 助けないと!」 ※泣き叫ぶ。
やがて人が集まり、海里は助け出されるが、ぐったりしていて息をしていない。
それでも手には光瑠の帽子を持っている。
光瑠モノ『約束通り、海里はちゃんと帽子を持ってきてくれた。でもその代わりに海里は、2度と目を覚まさなかった』
○光瑠の回想・実家の仏壇
仏壇の前で泣き続ける母。
光瑠はその後ろで、呆然と立ち尽くす。
光瑠モノ『あの日私が帽子をかぶって行かなければ、こんなことにはならなかった。海里が死んだのは全部私のせいだ……』
光瑠は洗面所の鏡の前で長かった髪をバッサリ切り、海里の服を着て母の所に戻る。
まるで海里がそこにいるよう。
光瑠モノ『私のせいで海里は死んでしまった。だから、私が海里の代わりになればいいと思った。だって、双子の私にはそれができるから』『それから私は常に髪を短く、服はボーイッシュに、可愛いものやキラキラしたものとは縁を切った』『中学でバレーボールを始めたらぐんと背が伸びて、私はますます男子にしか見えなくなった。私を男だと勘違いして他校の女子から告白されることはもはや日常茶飯事。その辺の男子よりよっぽどモテていたのはちょっと笑えた。そんな自分も悪くないと思ってたんだけど……』
母「ねぇ光瑠。光瑠は光瑠らしくいればいいのよ。海里の代わりになる必要なんてないんだからね」 ※優しく。
光瑠モノ『私らしいってなに……? じゃあどうするのが正解なんだろう……?』『お母さんは、ただ私を思って言ってくれただけなのに、〝無理して海里を演じてる〟と思われてるのが苦しくて、大学入学と同時に私は実家を出た』
(光瑠の回想終わり)
○広場
光瑠「自分らしいって、難しいですね。昔と今、どっちが本当の私なんだろう……」 ※呟くように。
柊斗「答えになるかは分かんないけど……過去の光瑠と今の光瑠は別人なんかじゃなくて、全部光瑠自身だろ? だからどっちが自分らしいとか、あんま考えすぎなくていいと思う。まだまだこれから新しい自分との出会いがあるんだからさ」
光瑠「天音先輩……」 ※目を丸くする。
柊斗「どーせまた『たまにはまともなことも言えるんですね』って言いたいんだろー?」
光瑠は黙って首を横に振る。
光瑠「ありがとうございます! 先輩に聞いてもらって良かったです」 ※はにかむ。
すると、柊斗が急に光瑠を抱きしめる。
光瑠「先輩……どうしたんですか?」
柊斗「なんか急に抱きしめたくなった」 ※愛おしそうに。
光瑠「誰に見られてるか分からないのでやめてください」 ※ドライに。
柊斗「この状況で俺にそんなこと言ってくるの、ほんと光瑠くらいだよ」 ※呆れ笑う。
光瑠「女子がみんな先輩に堕ちると思ったら大間違いです」
柊斗「じゃあ光瑠は、どうしたら俺に堕ちてくれる?」 ※至近距離で見つめ合い、いい雰囲気。
光瑠「ていうか、さっきからなんで名前呼びなんですか」 ※あっさり、いつも通り。
光瑠は柊斗の顔を退ける。
柊斗「光瑠も〝柊斗先輩〟って呼んでいいからな?」
光瑠「いいです、長いので。私はこれからも天音先輩で!」
柊斗「長いって、たった1文字だけだろ」 ※楽しそうに笑う。
一方光瑠は、柊斗に見られないように顔を逸らす。
光瑠(先輩にとって私は多分、最近見つけたちょっとお気に入りの後輩、ただそれだけで。さっきのハグに深い意味なんかないって、頭では分かってる。分かってるのに……)
光瑠は頬を赤くしながら、手の甲で口元を押さえる。
光瑠(さっきからずっと、心臓がうるさい……!)
〜続く〜
女子トイレから出た所で、誰かとぶつかってしまう光瑠。
光瑠「あっ、すみません」
顔を上げると、そこにいたのは柊斗。
偶然すぎる出来事に、光瑠も柊斗も驚いて目を丸くする。
光瑠「先輩……!」
柊斗「七瀬……!」
光瑠(女子トイレから出て来た所見られた……!)
光瑠はすぐにその場を離れようとするが、柊斗がその手を掴んで引き止める。
柊斗「待って!」
光瑠「離してください!」
柊斗「頼むから、俺の話を聞いてほしい」
柊斗の手を振り払おうにも、力の差でびくともしない。
光瑠は仕方なく抵抗するのを諦める。
〇広場
中央に噴水があり、それを囲むようにベンチがある。
家族連れやカップルが集い、のどかな雰囲気。
そのうちの1つに並んで座る光瑠と柊斗。
光瑠のスマホには美空から〈美空:私のことは気にしないで! ちゃんと話せるといいね〉とメッセージがきている。
柊斗「ごめん友達と一緒だったのに……」
光瑠「いえ、大丈夫です……」
お互い横目で意識しながら、何から話そうか迷う2人。
そして次の瞬間同時に喋り出す。
光瑠「この前はごめんなさい!」
柊斗「この前はごめん!」
そしてお互い顔を見合わせて、戸惑う。
光瑠「なんで先輩が謝るんですか?」
柊斗「なんでって、俺が無神経に色々聞いたせいで、七瀬に辛いこと思い出させたから。ほんとごめん」 ※膝に手を置いて頭を下げる。
光瑠「いいんです! あれは私が勝手に話し始めたんですもん! それより私の方が」
柊斗「七瀬こそなんで謝るんだよ」
光瑠「だって、先輩バイト終わるの待っててくれたのに、私お礼も言わずにあんな言い方して……」
柊斗「あれは俺が勝手に待ってただけだから」
光瑠「とにかく、先輩は何も悪くないんです!」
柊斗「じゃあ、お互い様ってことにしよう。それでいいな?」
光瑠「……わかりました」 ※渋々納得。
柊斗「はぁぁぁぁ……メッセージも無視されるし、明らかに避けられてるし。もう口聞いてもらえないかと思ってた」 ※空を仰ぐ。
光瑠「……それを言うなら私です」
柊斗「え?」
光瑠「先輩、ドン引きですよね。呆れましたよね……」
柊斗「俺なんかドン引きしてんの? 何の話?」
光瑠「聞いてもらって大丈夫です。なんで女子トイレから出てきたんだって」
柊斗「それは、トイレ行ったからだろ?」 ※当たり前のように。
光瑠「だって、女子トイレですよ? 男子トイレじゃなくて!」
柊斗「うん。それがどうしたんだよ」 ※光瑠の言っている意味が全く分からない。
光瑠「……先輩、私が女だって気づいてたんですか?」
柊斗「え、うん」 ※当たり前のように。
光瑠「いつからですか!」
柊斗「サークル勧誘されてた時かな? 似てるなーとは思ってたけど、七瀬の名前聞いて、あと俺のこと『先輩』って言ったの聞いて、もしかしたらそうなのかなーって」
光瑠「なんで何も聞かなかったんですか? 普通気になりません?」
柊斗「別に。だって俺にとってはどっちも『トレンチコートを気に入ってくれた七瀬光瑠』に変わりないから」
「女とか男とか、正直どっちでもいい!」
光瑠は柊斗の言葉と彼の器の大きさに感服し、言葉を失う。
すると、走り回っていた幼い男児が光瑠たちの前で転んでしまう。
男児は痛みで今にも泣き出しそう。
光瑠と柊斗が声をかけようとすると、そこへ年の近い女児が走ってくる。
男児「ねぇちゃんイタイよ」 ※半泣き。
女児「ねぇちゃんが魔法かけてあげるからね。痛いの痛いの、ねぇちゃんの方にとんでこ〜い!」
「うっ……」 ※痛いフリ。
男児「ねぇちゃんもイタイ?」
女児「ちょっとね。でもイタイの半分こしたから、もう立てるよ。ねぇちゃんとがんばろ!」
女児が男児の手を取って立ち上がり、そのまま手を繋いで歩き出す。
光瑠と柊斗はホッコリしながら姉弟を見つめる。
柊斗「強くて優しいねぇちゃんだな」
光瑠「ですね……」
手を繋いで歩く姉と弟の背中を見て、光瑠はかつての自分と双子の弟・海里を重ねる。
そして気持ちを落ち着かせるように深呼吸をして、再び口を開く。
光瑠「天音先輩」
柊斗「うん?」 ※ 初めて名前で呼ばれたことに驚きながら。
光瑠「この間の話の続き、聞いてもらえますか?」 ※リラックスしている。
柊斗「俺はいいけど……無理してない?」
光瑠「はい。天音先輩には聞いてほしいって思ったんです」
柊斗「分かった」 ※優しく。
○光瑠の回想・光瑠の実家
光瑠「お母さん、どう?」
光瑠(10)は膝丈のギンガムチェックのワンピースに、ビーズとリボンをあしらった麦わら帽子をかぶって母に見せにくる。
髪は長く、サイドで三つ編みにしている。
今の光瑠では考えられない格好。
母「すっごく可愛い。でも帽子はやめといたら? 風で飛ばされちゃうかもよ」
光瑠「ちゃんとかぶるから大丈夫!」
玄関からは「光瑠まだぁー?」という海里(10)の声が聞こえる。
光瑠「はいはい今行くー!」
○光瑠の回想・川沿いの道
自転車で並走する光瑠と海里。
光瑠モノ『私と海里は双子の姉弟で、二卵性とは思えないほどよく似ていた。髪の長さや服を揃えたら、お母さんでも見分けがつかなかったと思う』『姉と弟というよりは、相棒に近くて、習い事も遊びに行くのも、ほとんど2人一緒だった』
突然風が吹き、光瑠の麦わら帽子が川の上に飛ばされてしまう。
光瑠「あ!」
光瑠は自転車を止め、帽子を取りに川の中に入ろうとするが、それを海里が止める。
海里「バカ! 服脱がないと溺れるぞ!」
光瑠「でも脱いだら下着になっちゃうんだもん」
海里「しょーがないなぁ。俺が行く」 ※Tシャツを脱ぎ出す。
光瑠「海里泳げないじゃん!」
海里「泳げなくねーし! ちょっと水が嫌いなだけだよ……」
光瑠「いいよ。お母さんに言われたのに帽子かぶってきた私が悪いんだもん……」
海里「でもあの帽子光瑠のお気に入りだろ? キラキラで可愛いーとか言ってたじゃん」
光瑠「そうだけど……」
海里「大丈夫。俺が必ずとってきてやるから!」 ※ニカっと笑う。
海里は脱いだTシャツを光瑠に渡し、短パンのまま川に入っていく。
すいすい泳いでいき、あっという間に帽子の所までたどり着く。
帽子を持った手を高く挙げて光瑠の方に向かって見せる。
光瑠「ありがとー! 早く戻ってきてー!」
しかしさっきまで余裕そうだった海里が突然川の中に消え、水面をばしゃばしゃとさせたあと、一向に姿が見えなくなる。
光瑠「海里……海里ぃー!」
光瑠が川に入ろうとすると、通行人がそれを止める。
通行人「こら、ここで遊んじゃダメだよ。この川は深くて流れが速いんだ」
光瑠「でも海里が! 海里が戻って来ないの! 助けないと!」 ※泣き叫ぶ。
やがて人が集まり、海里は助け出されるが、ぐったりしていて息をしていない。
それでも手には光瑠の帽子を持っている。
光瑠モノ『約束通り、海里はちゃんと帽子を持ってきてくれた。でもその代わりに海里は、2度と目を覚まさなかった』
○光瑠の回想・実家の仏壇
仏壇の前で泣き続ける母。
光瑠はその後ろで、呆然と立ち尽くす。
光瑠モノ『あの日私が帽子をかぶって行かなければ、こんなことにはならなかった。海里が死んだのは全部私のせいだ……』
光瑠は洗面所の鏡の前で長かった髪をバッサリ切り、海里の服を着て母の所に戻る。
まるで海里がそこにいるよう。
光瑠モノ『私のせいで海里は死んでしまった。だから、私が海里の代わりになればいいと思った。だって、双子の私にはそれができるから』『それから私は常に髪を短く、服はボーイッシュに、可愛いものやキラキラしたものとは縁を切った』『中学でバレーボールを始めたらぐんと背が伸びて、私はますます男子にしか見えなくなった。私を男だと勘違いして他校の女子から告白されることはもはや日常茶飯事。その辺の男子よりよっぽどモテていたのはちょっと笑えた。そんな自分も悪くないと思ってたんだけど……』
母「ねぇ光瑠。光瑠は光瑠らしくいればいいのよ。海里の代わりになる必要なんてないんだからね」 ※優しく。
光瑠モノ『私らしいってなに……? じゃあどうするのが正解なんだろう……?』『お母さんは、ただ私を思って言ってくれただけなのに、〝無理して海里を演じてる〟と思われてるのが苦しくて、大学入学と同時に私は実家を出た』
(光瑠の回想終わり)
○広場
光瑠「自分らしいって、難しいですね。昔と今、どっちが本当の私なんだろう……」 ※呟くように。
柊斗「答えになるかは分かんないけど……過去の光瑠と今の光瑠は別人なんかじゃなくて、全部光瑠自身だろ? だからどっちが自分らしいとか、あんま考えすぎなくていいと思う。まだまだこれから新しい自分との出会いがあるんだからさ」
光瑠「天音先輩……」 ※目を丸くする。
柊斗「どーせまた『たまにはまともなことも言えるんですね』って言いたいんだろー?」
光瑠は黙って首を横に振る。
光瑠「ありがとうございます! 先輩に聞いてもらって良かったです」 ※はにかむ。
すると、柊斗が急に光瑠を抱きしめる。
光瑠「先輩……どうしたんですか?」
柊斗「なんか急に抱きしめたくなった」 ※愛おしそうに。
光瑠「誰に見られてるか分からないのでやめてください」 ※ドライに。
柊斗「この状況で俺にそんなこと言ってくるの、ほんと光瑠くらいだよ」 ※呆れ笑う。
光瑠「女子がみんな先輩に堕ちると思ったら大間違いです」
柊斗「じゃあ光瑠は、どうしたら俺に堕ちてくれる?」 ※至近距離で見つめ合い、いい雰囲気。
光瑠「ていうか、さっきからなんで名前呼びなんですか」 ※あっさり、いつも通り。
光瑠は柊斗の顔を退ける。
柊斗「光瑠も〝柊斗先輩〟って呼んでいいからな?」
光瑠「いいです、長いので。私はこれからも天音先輩で!」
柊斗「長いって、たった1文字だけだろ」 ※楽しそうに笑う。
一方光瑠は、柊斗に見られないように顔を逸らす。
光瑠(先輩にとって私は多分、最近見つけたちょっとお気に入りの後輩、ただそれだけで。さっきのハグに深い意味なんかないって、頭では分かってる。分かってるのに……)
光瑠は頬を赤くしながら、手の甲で口元を押さえる。
光瑠(さっきからずっと、心臓がうるさい……!)
〜続く〜