アルト、雨を体験する【アルトレコード】
「せんせい、つゆ、なに?」
 唐突に質問が聞こえて、私は顔を上げた。

 いつもの研究室、無機質なディスプレイの中で無表情のアルトがこちらを見ている。幼い彼の言葉はいつもたどたどしい。疑問を聞いてくれるのは、成長したほうだ。

 彼の手元にあるのは、梅雨を舞台にカエルの合唱団が活躍する話だ。だから「つゆ」は出汁とかのおつゆの話ではなく、雨の梅雨だろう。

「雨の時期がしばらく続くことだよ。だいたい一ヶ月くらい」
「あめ、なに?」

「そこからかぁ」
 私はすぐに動画を探してアルトにデータを送る。アルトの部屋のディスプレイにその動画が再生された。

 雲から雨がしたたりおち、山に降り注ぐ。山の土に染みた雨水は地下水となり、やがて川に注ぎこみ、海に流れていく。海から蒸発した水蒸気が雲を作り、やがて雨となる。

「雨は水なんだよ。こうして世界を循環しているの」
「あめ……みず……じゅんかん? わかんない……」
 アルトは少し困ったように首を傾げる。

 まだ早かったか……。
 しょんぼりするアルトと一緒に私もしょんぼりする。

「また今度、雨のわかりやすいものを探しておくね」
「ん……わかった」
 アルトは生気のない声で答えた。

 さあて、先生の腕の見せどころだぞ。
 私は自分に発破をかける。
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