【改訂版】満月の誘惑
それでも貴方を愛しています
人間から狼になる瞬間を目撃してしまった。
疑いがあって見ていても、頭のどこかでは狼人間だなんて思いたくない自分が居て、荘司さんとしての優しさが無くなった獣を前にして、ショックを隠せない。
その場から動けず、草むらに座り込んだままでいると、旅に出ようとする狼に変わってしまった荘司さんと目が合った。
佃荘司としての意思は残っておらず、私に牙を向けている。
「荘司さん…。荘司、さん」
まだ名前を呼べば、荘司さんの体の意識を人間に向けられるかもしれない。
それで運良く戻れば、連れて帰って治療しよう。
なんて甘い考えは通るわけもなく、名前を呼ぶと目を大きく開き、天を仰いで遠吠えをした後、私に向かって走って来た。
もう終わりだ。反射的に抵抗して自分の身を守ろうと、一歩下がった時。
草に足を取られバランスを崩してその場に倒れ込むと、私に飛びつくことなく、その横を通り過ぎて森の奥深くへ消えた。
まだ近くで遠吠えが聞こえる。しかも何匹も。
「怖かった…」
踏ん張っていた足を見ると、小刻みに震えている。
好きだと分かった相手が獣で、その人に食べられる運命って…。幸せとは言えない。
自分の命を捧げられるほどまだ強くないし、半世紀も生きていないのに。