甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる

プロローグ


「おい、待て、津雲田(つくもだ)!こんな、ふざけた議事録投げて、帰るんじゃない!」


 お先に失礼しますー、と、言いながら、総務部の部屋を出ようとした私は、ドアに手をかけたまま一時停止。
 そして、ギ、ギ、と、ロボットばりに固くなった身体で振り返った。

「……はぁい?」

 目の前には、今年から主任に上がった先輩――日水(ひみず)さんが、立ちはだかっている。
 ニッコリと、作り笑顔で返す私の顔面スレスレに、先ほど、締め切り寸前で提出した会議の議事録。
 内心、ムッとしながら、それを手で払った。

「……あの、もう、定時過ぎてますが」

「あ?この穴だらけのモンを上に上げろって?オレに恥かかせる気か?」

 しかめっ面を隠す事無く見下ろしてくる先輩を、思わず睨み返しそうになった、が。


 今日は、いよいよ、この前マッチングした彼との初デート!
 すぐに、メイク直して、服着替えて‼

 七時の待ち合わせに間に合わせないと!!!


 ――だから、そんな些細な事なんて、明日で良いじゃない!


 私は、最大限の微笑みを張り付けて、先輩を見上げた。


「明日、やりますぅ」

「ふざけるな。人事には申請しておいた。――オレのOKが出るまで、帰るんじゃないぞ」

「ハアアァ!!?」

 私は、思わず目を剥いてしまう。
 けれど、先輩は、さっさと部屋の奥の自分の席へと戻って行くので、急いで追いかけた。

「先輩‼」

「主任だ、津雲田」

「無理です!これから予定あるんですー‼」

「延期しろ」

「できる訳ないじゃないですかー‼」

 すると、先輩は、バン、と、音を立てながら、私のデスクに書類を叩きつける。


 そして――


「――津雲田月見(つきみ)、入社して一年以上経つのに、まっっっ……たく進歩が無いのは、わざとなのか?」


「……わかりましたぁ……日水先輩……」


 そう、至近距離で、まあまあ見目の良い顔で凄まれ、ついに、私は、白旗を上げたのだった――。
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