世界は地獄でできている



――ゴウン。



低い音とともに、火葬炉の扉が完全に閉まる。

父が火入れボタンを押す。

僧侶の読経とりんの音が響き渡る。

内部の炎が立ち上がる機械音が鳴り響く。

母はその場に崩れ落ちた。

呼吸がうまくできない。

喉が詰まり、酸素が入ってこない。

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……あ……」

嗚咽とともに、よだれと鼻水が混じって頬を濡らす。

心臓がドクドクと鳴る。

現実が、全身を叩きつけるように押し寄せてくる。

「ゆかりちゃん……外出よう……」

親戚が支える。

母は立ち上がれないまま、引きずられるようにして外へ出た。

外は湿った空気。風が重い。

「……すまん、朝日。申し訳ない……」

父は焼却炉の前に立ち尽くし、誰にも聞こえないほどの声で呟いた。

彼女の身体が、炎の中で形を失っていく。

髪が焼け、皮膚がひび割れ、白い骨が露出し、崩れていく。

やがてそれは、音もなく砕け散り、真っ白な灰になった。

この日も、雨が降っていた。

煙がゆらゆらと立ちのぼり、鈍い空の中に溶けていく。

白い煙だけが、彼女の最期を知っていた。

残された者たちは、

もう二度と戻らない現実を前に、

ただ息をして生きていくしかなかった。

なぜ命を投げ出すしかなかったのか。

誰も、答えを持っていない。

理由は?

原因は?

きっかけは?

誰かに助けを求められなかったのか。

誰かが気づけなかったのか。

話してくれていたら――。

聞くことができていれば――。

今日も、彼女は生きていたのかもしれない。

だが、その「もしも」はもう存在しない。

彼女の気持ちも、真実も、

生きている者にはもう届かない。

わたしたちは「生きていく」ことしかできない。

答え合わせのない現実を抱えたまま。

誰もがその場に縛られたまま、動けずにいた。

82歳になる彼女の祖母が、体を震わし静かに泣いた。

白い煙が、またひと筋、空に溶けていく。
< 14 / 37 >

この作品をシェア

pagetop