ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します

エメの初恋〜発売記念SS〜



「愛猫の会ですか?」

「そう。毎月ドラン侯爵家の屋敷で開かれているらしいんだけど、一緒に行かないかなと思ってさ」

 ある日、エーファとお茶の時間を楽しんでいた所をいつもの如くやって来たレクスに邪魔をされ、更に面倒な話を始めた。
 隣に座るエーファはこちらに視線を送り参加の有無を確認してくる。
 面倒臭いと一蹴したい所だが、期待に満ちた琥珀色の大きな瞳に成す術はない。是以外の返答など出来る筈はないだろう。マンフレットは「行こう」と頷いた。それが数日前の事だ。



 愛猫の会の会場となるドラン侯爵家の屋敷に到着をしたマンフレット達は中庭へと案内をされた。華美な内装からして期待を裏切らず、中庭も美しく整備され更にはテーブルには立食用の豪奢な軽食に酒類が用意されている。
 愛猫の会の参加資格は、猫好きで猫を飼っている貴族ならば年齢性別問わず誰でも参加可能という事で、故に参加者達の顔ぶれは老若男女様々だ。

「沢山の方が参加されてるんですね」

「こんなんで驚いてたらダメだよ。なにしろ会員はこの何倍もいるんだから」

「そうなんですか?」

 レクスの言葉にエーファは目を丸くする。その様子を見たマンフレットは相変わらず自分の妻は愛らしいと感動する一方で、(むし)が寄って来ないか細心の注意を払う。こういった集まりは危険だ。エーファの魅力に気付いた輩が隙あらば彼女を狙ってくる。油断は禁物だ。
 
「エメ、お友達が沢山いるね」

にゃあ?

 エメはエーファの腕の中から頭を出し周囲をキョロキョロと見渡す。中庭には数十人の人々と猫の姿があり目を丸くした。
 基本的にエメは屋敷の敷地外には出さないので、他の猫と対面する機会はない。その為興味津々であり少し怖さもあるようだ。

にゃ〜ご!

「あ、ちょっ、ダイアナ!」

「相変わらずだな」
 
 レクスの腕にどっしりと抱き抱えられていたダイアナは、急に身動ぐと腕からどすんと抜けて駆け出した。少し見ない間にまた大きくなった気がする。
 中庭の中心部には猫用のおやつや玩具が大量に準備されており、ダイアナはそこ目掛けて突進して行った。周りの普通サイズの猫を弾き飛ばしている……全く迷惑極まりない。

にゃあ。

「エメもおやつ食べる?」

にゃあ!

「あ、エメ、どこ行くの⁉︎」

 エーファが抱き直そうとした瞬間、エメは地べたに飛び降りると走り出した。だが何故かダイアナとは別方向だ。


にゃぁ。

 戸惑うエーファを連れて後を追ってみると、中庭の端に置かれた椅子の前だった。椅子には高級なクッションが置かれており、その上には真っ黒な猫が座っていた。エメは目を輝かせその猫を凝視する。
 
「もしかしてお友達になりたいのかしら」

「いや、違うな」

「え、違うんですか?」
 
 小首を傾げる可愛く鈍感なエーファにマンフレットは軽く笑った。可愛過ぎる……。

「あの目は雌を見る目だ」

「それはまさか」

「一目惚れだね!」

「レクス様⁉︎……あの、大丈夫ですか?」

「うん、取り敢えずは無事だよ……」

 ダイアナにやられたであろう顔の生傷が痛々しい。更にあの巨体が頭に乗っており、流石に哀れに思う。
 
「それよりエメもついに恋に目覚めたか〜」

「恋ですか?」

「あの目は完全に恋するジェントルマンだよ」

 なんだそれはと突っ込みたくなるが、くだらな過ぎてやめる。代わりに鼻を鳴らした。

「エメが恋……」

「まあ年頃だからな」

 そうは言ってみるが、猫に年頃などあるかは正直分からない。ただ生き物なのだからある程度成長すれば、恋の一つや二つするものだろう。自分のように……。

「エメも成長したんですね。なんだか感慨深いです」

 まるで子の成長を見守る母のような眼差しを向けるエーファに、いつか自分達にも子供が出来た時の想像をしてしまう。エーファによく似た娘が好ましいが、跡取りを考えると息子も必要だ。そうなると子供は最低二人、いや三人は欲しい。そんな事を考えていると頭の中に、昨夜の艶かしいエーファの姿が浮かんでしまう。

(昨夜も、可愛かった……)

「マンフレット、顔がいやらしいよ」

「っ、煩い」

 つい妄想に耽ってしまった。しかもレクスに見られてしまうとは最悪だ。


にゃぁ、にゃ、にゃあ。

 そんな中、エメが勇気を振り絞り目つきの悪い黒猫に話しかける。

にゃ、にゃあ、にゃ!

 だが幾ら呼び掛けても澄ました顔でエメを視界に入れようともしない。見るからに気位が高そうだ。相手は猫だと分かっているが無性に腹が立つ。

(あの黒猫、猫の分際でうちのエメを無視するとはいい度胸だ)

「猫相手に大人気ないよ」

「なっ……」

「心の声がダダ漏れ。それにしても親バカだねー!」

「っーー」

 まさか冷笑の貴公子とまで呼ばれていた自分が親バカなどと言われる日がくるとは……しかも、その対象は実子などではなく嫌いだった筈の猫だ。
 エーファとエメを改めて見てため息を吐く。人間変わるものだ。絶対に自分は他人に感化されたりするような人間ではないと思っていたのがこのざまだ。だが悪くない。いや寧ろ気分が頗る良い。

「あらあら、ヴィダルご夫妻ではありませんの! そちらはご夫人の猫ちゃんかしら」

 暫く求愛しているエメの様子を眺めていたが、黒猫の飼い主が現れた。中年の気品漂う女性はカロル・デュフォール公爵夫人で、ヴィダル家とは同格の家柄だ。

「はい、デュフォール夫人、こちらはエメと申します。あの、そちらはご夫人の猫でしょうか?」

「えぇ、そうなの。名前はアンソワンで、三歳の男の子よ」

にゃぁ……。

 エーファとデュフォール夫人とのやり取りを聞いていたエメはショックを受けた様子で悲しげに鳴いた。



「エメ、元気出して。男の子でもお友達にはなれるわ」

「いや、あんな見るからに性悪とは関わらない方が賢明だ」

「凄い美人さんだったね。エメは面食いだねー。うちのダイアナはただの大喰らいだけど、うわっ」

 帰りの馬車でエーファの膝の上で落ち込むエメを慰めるが、余程ショックだったのか中々元気は出ない様子だ。
 向かい側にダイアナと座っていたレクスはまたダイアナにやられていた。

にゃ……。

「エメ、また次も参加して可愛いお嫁さんを一緒に探しましょう」

にゃあ?

「大丈夫、私がついてるわ」

にゃあ!

 いつの間にかエメの伴侶を探す方向に話が進んでいるが、エメに伴侶が出来ればエーファ離れをする筈だ。そうなれば自分がエーファを独り占め出来る……最高だ。
 真横でいつも通りイチャついているエーファとエメを盗み見ながら内心ほくそ笑む。早速帰宅したらギーに猫の釣書を集めさせようと決めた。


 その後、エメに伴侶が出来るのはもう少し先の話だーー






終わり
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