青春リベンジ!!! エピローグ
「再会、ロールスロイスの男」
午後の陽ざしが、アスファルトにぎらついていた。
信号待ちの間、私はふと道路の向こう側を見た。
そこに、いた。
高尾。ロールスロイスを背に、スマホを耳に当てていた。
……なんて絵になる男なんだろう。
同窓会の夜、彼がロールスロイスから降りてくる姿を見て以来、
ずっと、どこか現実味がなかった。
けど、今日こうして日常の中で再び見ると、“夢のつづき”じゃなくて、
あの時間が、私の現実だったんだって思い知らされる。
私は無言のまま横断歩道を渡りきり、少し距離をとりながら彼に近づいた。
「……高尾」
スマホを耳から下ろした彼が、ふと振り返った。
「ムギ。」
「ふふ、かっこいいね!高尾!
大人になったね」
「お互いだろ、それ」
高尾は肩をすくめて、笑った。
その笑い方も、高校生のころと変わってない。
……それが、ずるいんだ。
「助手席、空いてますよ、お嬢様」
「……いいの?」
「俺、ムギにはまだ一杯、青春の借りがあるから」
そう言って助手席のドアを開けてくれた高尾に、私は笑って頷いた。
車内に流れる音楽は、懐かしいJ-POPだった。
それも2005年頃に流行っていた曲。
「……覚えてる?」
高尾がちらりと私を見て言う。
「もちろん。あの頃、チャリでよく一緒に歌ってたもんね」
「ムギの声、無駄にでかかったな」
「うるさい。高尾は音痴だったくせに」
ふたりして笑った。
高校時代に戻ったみたいだった。
でも違う。あの頃よりもずっと、言葉の温度が、やさしい。
「ねえ、高尾。私、ちょっとだけ聞いてほしいことがあるんだ」
「ん?」
信号が赤になって、車が止まる。
「……笑わないで聞いてくれる?」
「笑わないって約束はできないけど、聞くよ?」
私は、少し笑った。
ほんのちょっとだけ、深呼吸して。
「私ね、タイムスリップしてたんだ」
高尾の眉がぴくりと動いた。
でも言葉は挟まなかった。
「同窓会のあと、朝起きたら高校生だったの。全部、やり直して。
高尾とも、また出会って……バカみたいに騒いで、ケンカして、恋して……
めちゃくちゃラブラブだったよ、私たち」
一瞬の沈黙。
けど、重くない。
高尾は、運転しながら口元を緩めた。
「まじかー。
おれもその時代、戻りたかったわ。
てか、それ完全に青春じゃん。ずるいな」
私はちょっと笑いながら、涙が出そうなのをこらえた。
「でもね、何度やり直しても……未来を変えちゃいけない気がした。
だから……高尾には“ありがとう”って言いたかったの。
あのときの私を、ちゃんと好きでいてくれてありがとうって」
次の信号が赤になり、車が止まる。
高尾が、ゆっくりと私のほうを向いた。
「おれさ、たとえそれが“今”の話じゃなくても、
ムギがあの時代、幸せだったって言ってくれるだけで、救われるよ」
私の心が、すこしだけ軽くなった。
「だからさ、またムギがタイムスリップしてきても、安心しろよ?
また惚れさせてやるから」
私は吹き出した。
「……バカ」
「ラブラブだったなら、たぶんもう惚れてたんだろうけどな!」
信号が青に変わった。
車は静かに、前に進んだ。
高尾は黙って、まっすぐ前を見ていた。
けど、それが答えのような気がした。
たぶん、あの頃をやり直したかったんじゃない。
ちゃんと向き合って、青春に“ありがとう”って言いたかっただけ。
車がまた走り出す。
私は、助手席で小さく笑った。
「ねえ高尾、このままちょっとだけ遠回りしない?」
「どこまで?」
「2005年くらいまで」
「……お、いいね。チャリじゃないから、風も来ないしな」
ふたりして、また笑った。