先生×秘密 〜season2
名前のないざわめき
午後の職員室。
落ち着かない空気の中、プリントや資料が机の上で広がっていた。
角谷は3年担任。受験を控えたこの時期、進路相談は神経をすり減らす業務だった。
「……はあ」
ため息混じりに、ペンを置いた角谷の肩越しに、そっと声がかかる。
「三橋くんの件ですよね」
顔を上げると、背後に立っていたのは渡部だった。
「……ああ。読んだんですか、志望理由書」
「読ませてもらいました。文章は粗いけど、本気なのは伝わってきましたよ」
「でもさ……教育学部って、本人の希望であって、親の理解はまったくない。押し切って受けるには、まだ彼、覚悟が足りない」
「……ですね」
渡部は資料に目を落としながら、静かに言葉を継いだ。
「でも、だからこそ“誰が背中を押してくれたか”が大事になるんじゃないですか」
角谷は、渡部の横顔を見た。
「誰が、って」
「……コメ先生の前なら、彼、本音で話せる気がしますよ」
意外な名前に、角谷の指が止まる。
「コメ……先生?」
「三橋くん、今日の5限、少し話してました。ああ見えて、彼、彼女のこと頼ってますから」
「……そっか」
角谷は目線を落とし、無言で資料を束ねた。
それ以上、渡部は何も言わなかった。
ただ、職員室の空気に溶け込むように、自分の席へ戻っていった。
***
夕方。印刷室。
「……助かりました」
「いえ。三者面談前に、僕たちがブレるわけにもいかないですから」
印刷室の中で、角谷は改めて頭を下げた。
渡部も、あくまで淡々と、それに応じる。
ふと、コメのことを言いかけて、角谷はやめた。
何も聞かない。何も言わない。
でも、同じ学校で、同じ生徒を見ているというだけで、そこには“共有してしまう何か”が生まれていた。
印刷機の音だけが、静かに部屋を満たしていた。