先生×秘密 〜season2
言えないこと、知らないふり
職員室の昼下がり。
渡部が、ふと声をかけてきた。
「三年の吉川くん、面談どうでした?」
「……ああ、進路、悩んでたけど、今日の面談で方向決まったみたいです。渡部先生の授業、好きみたいですよ。数学、苦手だけどって言いながら」
「はは、そっか。あいつ、コメ先生にもよく相談してるらしいな」
角谷はうなずきかけた手を止めた。
「……ああ、そうなんですか?」
「自分の経験から色々アドバイスしてるそうだ。……昔が、あの子にとって大きな経験だったんじゃないかな」
なにげなく言われたその言葉に、胸がざわついた。
コメが教え子だったことは知っている。だけど、それ以上のことを、自分は何も聞いていない。
「……昔って、どのくらい、昔なんですか?」
「ああ、いや……六年前とか?俺もはっきりは知らないけど」
それきり、渡部は深くは語らなかった。
けれど角谷は、渡部の“言わなさ”に、妙な確信めいたものを感じていた。
***
帰り道、夜風が冷たい。
それでも、今日はいっそ歩いて帰りたかった。
(聞けばいいのに)
ふいに浮かんだ思い。
でも、コメの無邪気な笑顔が浮かんで、問いが喉元で止まる。
——あの子は、知らないふりをしてくれている。
——だから、俺も、何も知らない顔をしている。
不公平だな、と思う。
でも、それを壊したくないと思ってしまう自分がいる。
***
視点は切り替わって、コメ。
その日、教室で掃除当番の子どもたちに指示を出し終えたあと、ふと、角谷の様子を思い出す。
(最近、ちょっと……変かも?)
教室で目が合っても、なんとなく視線をすぐそらすようになった。
職員室でも、話す声が一歩だけ遠くなったような。
(でも、気のせいかな……)
思いながら、机の引き出しにしまっていた小さな箱を取り出す。
その中には、チョコレートと、準備中の小さなカード。
「……今年は、手作りしてみようかな」
ぽつりとつぶやいて、頬を染める。
その横顔には、まだ何も知らない笑顔があった。
そして、手帳には「2/14(金) 渡せるかな?」と、丸く囲まれた予定。
——近づいている気がしていた。
けれど、本当は少しずつ、すれ違っていた。
渡部が、ふと声をかけてきた。
「三年の吉川くん、面談どうでした?」
「……ああ、進路、悩んでたけど、今日の面談で方向決まったみたいです。渡部先生の授業、好きみたいですよ。数学、苦手だけどって言いながら」
「はは、そっか。あいつ、コメ先生にもよく相談してるらしいな」
角谷はうなずきかけた手を止めた。
「……ああ、そうなんですか?」
「自分の経験から色々アドバイスしてるそうだ。……昔が、あの子にとって大きな経験だったんじゃないかな」
なにげなく言われたその言葉に、胸がざわついた。
コメが教え子だったことは知っている。だけど、それ以上のことを、自分は何も聞いていない。
「……昔って、どのくらい、昔なんですか?」
「ああ、いや……六年前とか?俺もはっきりは知らないけど」
それきり、渡部は深くは語らなかった。
けれど角谷は、渡部の“言わなさ”に、妙な確信めいたものを感じていた。
***
帰り道、夜風が冷たい。
それでも、今日はいっそ歩いて帰りたかった。
(聞けばいいのに)
ふいに浮かんだ思い。
でも、コメの無邪気な笑顔が浮かんで、問いが喉元で止まる。
——あの子は、知らないふりをしてくれている。
——だから、俺も、何も知らない顔をしている。
不公平だな、と思う。
でも、それを壊したくないと思ってしまう自分がいる。
***
視点は切り替わって、コメ。
その日、教室で掃除当番の子どもたちに指示を出し終えたあと、ふと、角谷の様子を思い出す。
(最近、ちょっと……変かも?)
教室で目が合っても、なんとなく視線をすぐそらすようになった。
職員室でも、話す声が一歩だけ遠くなったような。
(でも、気のせいかな……)
思いながら、机の引き出しにしまっていた小さな箱を取り出す。
その中には、チョコレートと、準備中の小さなカード。
「……今年は、手作りしてみようかな」
ぽつりとつぶやいて、頬を染める。
その横顔には、まだ何も知らない笑顔があった。
そして、手帳には「2/14(金) 渡せるかな?」と、丸く囲まれた予定。
——近づいている気がしていた。
けれど、本当は少しずつ、すれ違っていた。