私の世界

第五話

 次の日の朝、私は学校に着くなり、周りの視線を感じた。
 廊下を歩いてると、何人かの生徒がヒソヒソと話してるのが聞こえる。

「あの子が、例の」
「如月さんの件で」
「すごいらしいよ」

 彼女らは確実に私の話をしている。それに何か胸がドキドキした。
 でも、それを悟られないように私は、廊下を進んでいく。

 そして、教室に入った。
 すると、サヤカさんが私を見つけて手を振った。
 いつもより声が大きくて、周りの注目を集めてるように見えた。

「おはよう!」

 私は少し恥ずかしくなった。
 みんなが私を見てる。普段なら、こんなに注目されることはない。周囲の生徒たちの視線が、好奇心に満ちてるのが分かった。

「おはようございます」

 私が席に着くと、そのままサヤカさんが近づいてきた。
 彼女の表情は、明らかに興奮してた。

「昨日の投稿、すごい反響よ。もう三百人以上が見てくれてる」
「そんなに?」

 私は驚いた。そんなにたくさんの人が見てくれてるなんて思わなかった。
 三百人って、私たちの学校の生徒数の半分以上だ。

「みんな、ミツキさんのこと心配してくれてるのよ。よかったじゃない」

 確かにそれは嬉しいことだった。
 でもなんとなくザワザワした気持ちもある。こんなに大事になるとは思ってなかった。
 ミツキさんは、自分のことがこんなに話題になってることを知ってるんだろうか。

「それに、みんなミツキさんのアカウントをフォローしてるの。リアルタイムで投稿を見てる人がたくさんいるわ」

 私はさらに驚いた。
 アカウントを直接見てる人がそんなにいるなんて。

 朝のホームルームが始まると、先生が珍しくミツキさんのことに触れた。

「如月さんですが、体調不良で休んでます。心配な人もいるかもしれませんが、大丈夫ですので安心してください」

 クラスがざわついた。私は先生を見つめた。
 体調不良?
 でも、ミツキさんは助けを求めるメッセージを送ってきてる。

 先生は本当のことを知らないんだ。それとも知ってて隠してるんだろうか?

 でも先生の言葉で少し安心した。
 少なくとも、ミツキさんの家族は学校に連絡を入れてるようだ。
 それなら完全に行方不明というわけじゃない。

 …でも、それなら、あのアカウントの内容は?

 昼休みに、私はサヤカさんに呼ばれて屋上に行った。
 友達の人たちも一緒だった。屋上は風が強くて、髪が乱れた。
 でも誰にも聞かれない場所で話ができるのは良かった。

「見て」

 サヤカさんは自分のスマホを私に見せた。SNSアプリの画面には、新しい投稿があった。

 私は内容を読んで、息を止めた。

『続報:ミツキさんの秘密』

 そこには、私が話してない内容がたくさん書かれてた。
 ミツキさんが学校で一人ぼっちだったこと、友達がいなかったこと、家庭でも孤独だったらしいこと。

 どれも推測に基づいた内容で、学校生活以外について誰も確認しようがない内容だった。
 しかもその書き方が、まるでミツキさんをよく知っているかのような感じで続いていた。

『可哀想な少女』『誰にも理解されない』『孤独な学校生活』

 そんな感じで、まるで親友か、いや、家族でも思わせるような…。
 嘘とも真実とも言えない誇張だらけの作文だった。
 そして投稿には、ミツキさんのアカウントから新たにスクリーンショットした画像が添付されてた。
 昨夜の暗い通路の画像も含まれてる。

「サヤカさん、これ……」
「どう?リアルでしょ?」
「でも、これ…」
「大丈夫よ。みんな知ってることだし」

 私は不安になった。確かにミツキさんが一人でいることは知られてたけど、こんな風に書いていいものかな。
 事実確認もしてないのに、勝手に彼女の家庭環境について適当に書くなんて。

 それにこの書き方では、まるでミツキさんが惨めな人であるかのように思えた。

「それに、私の友達もみんなミツキさんのアカウントを見てるのよ。リアルタイムで状況を把握してるわ」

 サヤカさんの友達の一人が口を挟んだ。

「そうそう、昨夜の通路の画像、本当に怖かった。あれって本物なの?」

 私は首を振った。
 それに思った、ミツキさんはこんなに多くの人に見られることを望んでるんだろうか、と。

「でも許可を取らないと」
「細かいことは気にしないの。大切なのは、ミツキさんを助けることでしょ?」

 サヤカさんの言葉に、私は言い返せなかった。
 確かに助けることが一番大切だ。でもなんとなくこのやり方は違う気がする。
 目的が正しくても、手段が間違ってたら意味がないんじゃないかな、と思った。

「ねえ、見てよ」

 サヤカさんの友達の一人が声を上げた。

「もう五百人以上が見てる。コメントもすごいことになってる」

 私は画面を見た。確かにたくさんのコメントがついてる。

『可哀想』
『助けてあげたい』
『どうすればいいの?』
『これって、本当の話?』

 でも中には違うコメントもあった。

『作り話じゃない?』
『画像が怪しい』
『注目されたいだけでしょ』

 私は胸が痛くなった。ミツキさんは本当に困ってるのに、疑われてる。
 しかも『注目されたいだけ』なんて、ひどい言葉だ。

「気にしないで」

 サヤカさんが私の肩を叩いた。

「疑う人は必ずいるものよ。大切なのは、信じてくれる人たちがいることよ」

 私はうなずいたけど、心の中では不安が広がってた。
 この方法で本当にミツキさんを助けることができるんだろうか。

 それにサヤカさんの態度が気になった。
 彼女は、ミツキさんのことよりも、この話題が盛り上がることの方に興味があるように見える。

 その日の夜、私は一人で部屋にいた。
 ミツキさんの投稿を確認すると、また新しい画像があった。

 今度は駅の待合室の窓から外を見た景色だった。
 でもその外に見えるのは、真っ黒な闇だった。まるで世界が闇に飲み込まれてしまったような、不安な光景だった。

 窓の向こうは、漆黒の闇で光すら吸い込まれているようで、それらはとても現実のものとは思えない。
 まるで暗闇の中に浮かんでるような、不思議な光景だった。そして画像の端に映っている空は、やはり紫がかった色をしていた。

 それに、今度の画像で気になったのは、窓の手前に写り込んでる駅の待合室の様子だった。
 木製のベンチが並んでて、昔ながらの田舎の駅にありそうな普通の待合室なのに、なぜか全体が薄暗くて不気味な雰囲気しか見えない。

『外が見えません。ここはどこなんでしょう』

 私は胸が締め付けられる思いになった。ミツキさんの状況は、どんどん悪くなってるみたい。
 駅の周囲は一面の闇。どんどん現実から遠ざかってるような気がする。

 私は彼女にメッセージを送った。

『大丈夫ですか?みんな心配してますよ』

 既読がついて、しばらくして返事が来た。

『みんな?』

 初めての返事だった。
 私は驚いたけれど、さっそくメッセージを返した。

『はい。学校のみんなが、ミツキさんのこと心配してます』
『本当ですか?』
『本当ですよ。だから頑張って』

 ミツキさんからの返事は、少し明るかった。

『ありがとうございます。みんなが心配してくれてるなら、頑張れそうです』

 私は少しホッとした。
 でも、ちょっとだけ重い責任も感じた。
 この私の言葉で、ミツキさんが救われるかもしれない。でも、もし期待を裏切ったら……。

 その時、サヤカさんからメッセージが来た。

『新しい投稿見た?もうチェックしてるから大丈夫。今度の画像もすごいわね』

 私は複雑な気持ちになった。
 サヤカさんと友達は、リアルタイムでミツキさんの投稿を監視してるようだ。
 心の奥で小さな声がささやいてた。

 本当に、これでいいのかな?



 翌朝、学校に着くと、校内がざわついてた。
 昨夜のサヤカさんの投稿が、さらに話題になってるようだった。

「すごいよね、私たちの学校から」
「でも、あれ、本当かな?」

 私は複雑な気持ちになった。
 ここまで大きくなるなんて思わなかった。

 サヤカさんは満足そうな表情を浮かべていた。
 でも私にはその表情が少し怖く見えた。まるで自分の計画が成功したことを喜んでるような表情だったから。

 もしかして、私は間違えてしまったのか?
 私は、そんなことを感じてしまった。

 その日の昼休み、私はミツキさんから新しいメッセージを受け取った。

『実は……ちょっと嬉しいんです』
『え?』
『初めてなんです。こんなにたくさんの人に注目してもらえるのって』

 私は少し驚いた。ミツキさんが注目されることを喜んでる?

『今まで、誰も私のことなんて見てくれませんでした』
『そんなことないですよ』
『でも今は違います。みんなが私のことを心配してくれてる。私のアカウントにもたくさんの人が来てくれてます』

 私は慌てた。ミツキさんは、自分のアカウントにたくさんの人が押し寄せてることを知ってる。

『アカウントに?』
『はい。フォロワーが急に増えて、コメントもたくさんもらってます。サヤカさんが投稿してくれた記事のおかげですね』

 私は愕然とした。ミツキさんは、自分のことが話題になってるのを知ってる。そしてそれを喜んでる。

『ミツキさん、大切なのは帰ってくることですよ』
『分かってます。でも……』
『でも?』
『もう少しだけ、みんなに心配してもらっていたいんです』

 このメッセージに、私は背筋が寒くなった。

 ミツキさんは、異世界での注目を楽しんでいた。
 それはもはや、帰りたいという気持ちより、注目されることの方が大切になってしまったように見えた。
 ということは、ミツキさんをさらに異世界に引き留めてしまってるのかもしれない。

 これは、私が望んでた展開じゃなかった。
 ミツキさんを助けるはずだったのに、今となっては、彼女をさらなる危険に陥れてしまったのかもしれない。

 でももう止められない。

 話題はどんどん大きくなってるし、ミツキさんも注目されることを楽しんでる。
 私は、どうすればいいか分からなくなった。
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