その色に触れたくて…
【第11章】あの日の続き、少しだけ
【柱:大学のアトリエ・昼休み】
【ト書き】
キャンパスの中庭に春の陽射しが降り注ぐ。
アトリエの窓から差し込む光が、新菜の髪を透かしてきらめいていた。
教室にはまだ数人しかおらず、静けさが心地よく満ちていた。
【ト書き】
新菜は机にスケッチブックを広げていたけれど、鉛筆は止まったまま。
ぼんやりと、ある横顔のことを思い出していた。
【新菜(内心)】
(……キスのこと、ちゃんと聞かなきゃって思ったのに)
(あの日から、成海くんとまともに目を合わせられてない)
【ト書き】
言葉にできなかった気持ちが、胸の奥でぐるぐると渦巻く。
その時──
【効果音:ガラッ】
【ト書き】
アトリエの扉が開いて、見慣れた姿が入ってきた。
久瀬成海。
変わらない表情で、でもどこか目の奥に疲れがにじんでいる。
【成海(ふと新菜に目を向け)】
「……いたのか」
【新菜(少し驚いたように)】
「……う、うん」
【ト書き】
言葉が続かない。
視線を落としたまま、新菜は指先をぎゅっと握った。
【成海(ゆっくり近づいて)】
「……あの時のこと。
ちゃんと謝ってなかったなって思って」
【新菜(顔を上げる)】
「……っ、え?」
【成海(目を逸らさずに)】
「お前にあんな言い方したの、間違ってた」
「新菜……傷つけて、悪かった」
【ト書き】
不意に名前で呼ばれて、新菜の心臓が跳ねる。
まるであの頃に戻ったみたいに。
でも今の“新菜”は、あの頃より少し強くなっていた。
【新菜(小さく笑って)】
「……成海くんがそう思ってくれたなら、十分」
【ト書き】
ふたりの間に、少し風が吹いたような気がした。
それは、わだかまりを溶かすような春の風。
【成海(ぽつりと)】
「……あの時、咲耶のことを選ぶって決めてた。
でもそれと同じくらい、お前のことが気になってた」
【新菜(驚いたように)】
「……」
【成海(静かに)】
「ずっと“幼なじみ”って言い訳してたけど、
本当は、ただ逃げてただけだったんだと思う」
【ト書き】
新菜の胸が、少しだけ熱くなる。
今、目の前にいるのは“好きだったあの人”じゃない。
きちんと、目を向けてくれる“今の成海くん”だった。
【新菜(微笑んで)】
「……ねぇ、成海くん」
【成海(視線を向けて)】
「ん?」
【新菜】
「また、……一緒に絵、描いてもいい?」
【成海(ふっと目を細めて)】
「あぁ。……今度は、ちゃんと隣に座る」
【ト書き】
ふたりの距離が、ゆっくりと近づいた。
季節はまだ春のはじまり。
けれどその日差しは、ちゃんとあたたかくて。
ふたりを包んでいた過去も痛みも、
少しずつ、色を変えていくようだった。
【柱:大学構内・アトリエ裏のベンチ/放課後】
【ト書き】
春の風が、柔らかに通り過ぎる。
アトリエ裏のベンチに座る新菜と成海。
肩を並べて座るふたりの間には、ほんの少しだけ距離がある。
けれどその隙間には、静かであたたかな空気が流れていた。
【新菜(手を組んだまま空を見上げて)】
「……今日は雲、少ないね」
【成海(ふっと笑って)】
「美大生っぽい会話だな」
【新菜(笑って)】
「えー? いいじゃん。そういうの、好きだもん」
【ト書き】
笑いながらも、新菜はちらりと横顔を盗み見る。
まぶしそうに空を見上げる成海の横顔は、
どこか昔よりも、大人びて見えた。
【新菜(小さく)】
「……ねぇ、成海くん」
【成海(視線を向けて)】
「ん?」
【新菜(少し戸惑いながら)】
「もし、また辛くなったら……頼ってくれていいからね」
【成海(少し驚いたように目を瞬く)】
「……」
【新菜(ふわっと笑って)】
「私は、強くなりたいから。
ちゃんと、隣に立てる人になりたいの」
【ト書き】
一瞬、風が止まる。
成海は、新菜をじっと見つめたあと、ふっと笑った。
【成海(照れたように)】
「……ありがとな」
「お前って、たまに……子供みたいにまっすぐすぎて、びびる」
【新菜(頬を赤らめて)】
「な、なにそれっ」
【ト書き】
そんなやりとりが、自然と笑顔を生む。
ただ、こんな時間がずっと続けばいい。
新菜は、心の底からそう願った。
──
【柱:咲耶の部屋・夕方】
【ト書き】
柔らかな夕日が、カーテンの隙間から差し込んでいる。
その光の中で、咲耶はソファにうずくまるように座っていた。
手にはスマホ。
そこには、新菜のSNSの投稿が表示されている。
【咲耶(目を細めて、微笑む)】
「……あの子、笑ってる」
【ト書き】
ほんの少しだけ、胸が痛んだ。
けれど、それは嫉妬ではない。
それは――
「もう、自分が隣にいなくなること」を
少しずつ受け入れはじめた証だった。
【咲耶(ふと、胸元を押さえる)】
「っ……」
【ト書き】
急に、息が詰まるような苦しさが咲耶を襲った。
胸が、絞られるように痛い。
【効果音:カタン(スマホが床に落ちる音)】
【ト書き】
身体が、思うように動かない。
ソファに凭れかかるように、咲耶は膝を抱える。
【咲耶(弱々しく呟く)】
「……やだな……今は、まだ……」
【ト書き】
手を伸ばす。誰かの温もりを探すように。
でも、そこには誰もいない。
【ト書き】
窓の外では、夕日が静かに沈んでいく。
それが、何かの“前兆”のように思えた。
──
【柱:成海の部屋・夜】
【ト書き】
スマホが鳴る。
成海が手に取ると、それは知らない番号だった。
【成海(眉をひそめて)】
「……はい、久瀬です」
【???(女性の声)】
「病院です。……宮代咲耶さんの件で」
【ト書き】
その言葉に、全身の血の気が一気に引いていく。
【成海(動揺しながら)】
「咲耶が……? どういう、こと……っ?」
【ト書き】
電話を切った瞬間、成海は上着を掴み、玄関へ駆け出していた。
何も言わず、新菜への連絡すら忘れて。
【ト書き】
ただただ、
咲耶のもとへ、走る。
【ト書き】
キャンパスの中庭に春の陽射しが降り注ぐ。
アトリエの窓から差し込む光が、新菜の髪を透かしてきらめいていた。
教室にはまだ数人しかおらず、静けさが心地よく満ちていた。
【ト書き】
新菜は机にスケッチブックを広げていたけれど、鉛筆は止まったまま。
ぼんやりと、ある横顔のことを思い出していた。
【新菜(内心)】
(……キスのこと、ちゃんと聞かなきゃって思ったのに)
(あの日から、成海くんとまともに目を合わせられてない)
【ト書き】
言葉にできなかった気持ちが、胸の奥でぐるぐると渦巻く。
その時──
【効果音:ガラッ】
【ト書き】
アトリエの扉が開いて、見慣れた姿が入ってきた。
久瀬成海。
変わらない表情で、でもどこか目の奥に疲れがにじんでいる。
【成海(ふと新菜に目を向け)】
「……いたのか」
【新菜(少し驚いたように)】
「……う、うん」
【ト書き】
言葉が続かない。
視線を落としたまま、新菜は指先をぎゅっと握った。
【成海(ゆっくり近づいて)】
「……あの時のこと。
ちゃんと謝ってなかったなって思って」
【新菜(顔を上げる)】
「……っ、え?」
【成海(目を逸らさずに)】
「お前にあんな言い方したの、間違ってた」
「新菜……傷つけて、悪かった」
【ト書き】
不意に名前で呼ばれて、新菜の心臓が跳ねる。
まるであの頃に戻ったみたいに。
でも今の“新菜”は、あの頃より少し強くなっていた。
【新菜(小さく笑って)】
「……成海くんがそう思ってくれたなら、十分」
【ト書き】
ふたりの間に、少し風が吹いたような気がした。
それは、わだかまりを溶かすような春の風。
【成海(ぽつりと)】
「……あの時、咲耶のことを選ぶって決めてた。
でもそれと同じくらい、お前のことが気になってた」
【新菜(驚いたように)】
「……」
【成海(静かに)】
「ずっと“幼なじみ”って言い訳してたけど、
本当は、ただ逃げてただけだったんだと思う」
【ト書き】
新菜の胸が、少しだけ熱くなる。
今、目の前にいるのは“好きだったあの人”じゃない。
きちんと、目を向けてくれる“今の成海くん”だった。
【新菜(微笑んで)】
「……ねぇ、成海くん」
【成海(視線を向けて)】
「ん?」
【新菜】
「また、……一緒に絵、描いてもいい?」
【成海(ふっと目を細めて)】
「あぁ。……今度は、ちゃんと隣に座る」
【ト書き】
ふたりの距離が、ゆっくりと近づいた。
季節はまだ春のはじまり。
けれどその日差しは、ちゃんとあたたかくて。
ふたりを包んでいた過去も痛みも、
少しずつ、色を変えていくようだった。
【柱:大学構内・アトリエ裏のベンチ/放課後】
【ト書き】
春の風が、柔らかに通り過ぎる。
アトリエ裏のベンチに座る新菜と成海。
肩を並べて座るふたりの間には、ほんの少しだけ距離がある。
けれどその隙間には、静かであたたかな空気が流れていた。
【新菜(手を組んだまま空を見上げて)】
「……今日は雲、少ないね」
【成海(ふっと笑って)】
「美大生っぽい会話だな」
【新菜(笑って)】
「えー? いいじゃん。そういうの、好きだもん」
【ト書き】
笑いながらも、新菜はちらりと横顔を盗み見る。
まぶしそうに空を見上げる成海の横顔は、
どこか昔よりも、大人びて見えた。
【新菜(小さく)】
「……ねぇ、成海くん」
【成海(視線を向けて)】
「ん?」
【新菜(少し戸惑いながら)】
「もし、また辛くなったら……頼ってくれていいからね」
【成海(少し驚いたように目を瞬く)】
「……」
【新菜(ふわっと笑って)】
「私は、強くなりたいから。
ちゃんと、隣に立てる人になりたいの」
【ト書き】
一瞬、風が止まる。
成海は、新菜をじっと見つめたあと、ふっと笑った。
【成海(照れたように)】
「……ありがとな」
「お前って、たまに……子供みたいにまっすぐすぎて、びびる」
【新菜(頬を赤らめて)】
「な、なにそれっ」
【ト書き】
そんなやりとりが、自然と笑顔を生む。
ただ、こんな時間がずっと続けばいい。
新菜は、心の底からそう願った。
──
【柱:咲耶の部屋・夕方】
【ト書き】
柔らかな夕日が、カーテンの隙間から差し込んでいる。
その光の中で、咲耶はソファにうずくまるように座っていた。
手にはスマホ。
そこには、新菜のSNSの投稿が表示されている。
【咲耶(目を細めて、微笑む)】
「……あの子、笑ってる」
【ト書き】
ほんの少しだけ、胸が痛んだ。
けれど、それは嫉妬ではない。
それは――
「もう、自分が隣にいなくなること」を
少しずつ受け入れはじめた証だった。
【咲耶(ふと、胸元を押さえる)】
「っ……」
【ト書き】
急に、息が詰まるような苦しさが咲耶を襲った。
胸が、絞られるように痛い。
【効果音:カタン(スマホが床に落ちる音)】
【ト書き】
身体が、思うように動かない。
ソファに凭れかかるように、咲耶は膝を抱える。
【咲耶(弱々しく呟く)】
「……やだな……今は、まだ……」
【ト書き】
手を伸ばす。誰かの温もりを探すように。
でも、そこには誰もいない。
【ト書き】
窓の外では、夕日が静かに沈んでいく。
それが、何かの“前兆”のように思えた。
──
【柱:成海の部屋・夜】
【ト書き】
スマホが鳴る。
成海が手に取ると、それは知らない番号だった。
【成海(眉をひそめて)】
「……はい、久瀬です」
【???(女性の声)】
「病院です。……宮代咲耶さんの件で」
【ト書き】
その言葉に、全身の血の気が一気に引いていく。
【成海(動揺しながら)】
「咲耶が……? どういう、こと……っ?」
【ト書き】
電話を切った瞬間、成海は上着を掴み、玄関へ駆け出していた。
何も言わず、新菜への連絡すら忘れて。
【ト書き】
ただただ、
咲耶のもとへ、走る。