その色に触れたくて…
【第12章】ありがとうを君に。
【柱:病院・夜】
【ト書き】
夜の病院は、昼間のざわめきが嘘のように静まり返っていた。
成海は息を切らしながら、無機質な白い廊下を駆け抜ける。
自動ドアをすり抜け、受付に飛び込んだ瞬間、声を荒げる。
【成海(焦燥の中で)】
「宮代咲耶っ……どこにいますか!? 今ここにっ……!」
【看護師(落ち着いた声)】
「落ち着いてください。……こちらへどうぞ」
【ト書き】
目の前の女性は優しい声だった。
だが、その“静けさ”が何よりも成海の心をかき乱す。
この空気は知ってる。
何かが、もう“手遅れ”だった時の空気だ。
──
【柱:病室前】
【ト書き】
扉の前で、足が止まった。
その向こうに彼女がいる。でも、今までのように“応えてくれる”彼女ではない。
【成海(低く、かすれた声)】
「咲耶……」
【ト書き】
ノブに手をかけることすらできない。
そのとき、後ろから看護師がそっと、あるものを差し出してきた。
桜色の封筒。
【看護師】
「……宮代さんが、あなたに渡してほしいと。
意識が落ちる前に、ずっと握っていたんです」
【ト書き】
受け取ったその瞬間、指先が震えた。
重さはないのに、心にずしりとのしかかる。
【看護師】
「……本当に、あなたのことを、大切に想われていましたよ」
【ト書き】
成海は何も言わず、ただ深く頭を下げた。
そして、扉の前を離れ、静かな場所を探して歩き出した。
──
【柱:屋上・夜】
【ト書き】
静寂。
風が少し強くなり始めていたが、それでもここには人の気配はない。
成海はベンチに腰を下ろし、手紙の封をゆっくりと切った。
その動きさえも、壊れ物を扱うように繊細だった。
【咲耶(手紙ナレーション)】
『成海くんへ』
『この手紙を読んでいるってことは、
私はもう、あなたの目の前にいないんだと思います』
『ねぇ、成海くん。
あなたと過ごした時間は、本当に奇跡だった。
好きになってくれて、ありがとう』
『でも私はずっと、気づいていたよ。
あなたの視線の奥に、あの子がいたこと。』
【成海(震える息)】
「……やめろよ……」
【咲耶(ナレーション続き)】
『でも、不思議だよね。
それでも私、全然イヤじゃなかったんだ』
『新菜ちゃん、いい子だもんね。
きっと、あなたが素直になれたら……』
『――ねぇ、もう我慢しなくていいよ』
『あなたが誰を愛しても、私はその人の味方です』
『だから、もう、前を向いてください』
『――私は、あなたに出会えて、本当に幸せでした』
『成海くん、大好きだよ……愛してる。』
【ト書き】
最後の行が、涙でにじむ。
それが、咲耶の“最期の言葉”だった。
【成海(堪えていたものが決壊して)】
「っ……咲耶……っ……」
【ト書き】
呼びかけても、もう応えてはくれない。
それでもなお、名を呼ばずにはいられない。
咲耶の残した言葉が、成海の心を真っ直ぐ突き刺す。
【柱:病院・咲耶の病室の前】
【ト書き】
静まり返った病棟の廊下。
あれから少し落ち着きを取り戻し、再度病室の前で止まる。
成海は、震える手で病室のドアノブに触れた。
少しの間、息を呑んだまま動けない。
心のどこかで、まだ“間に合っていてほしい”と願っていた。
でも、その祈りが届かなかったことは、もう分かっている。
それでも、見届けなければならない。
【ト書き】
ドアを開けると、
ほんのりと薄いピンクのカーテンが揺れていた。
その奥のベッドに、咲耶は静かに横たわっていた。
【ト書き】
目を閉じている咲耶の顔は、
痛みや苦しみを感じさせない、あまりにも穏やかな表情だった。
まるで眠っているだけのように──
【成海(小さく、震える声で)】
「……咲耶……」
【ト書き】
声をかけても、もう返事はない。
それがどれだけ現実味を持って迫ってきても、
成海はまだ信じたくなかった。
【ト書き】
ベッドに歩み寄り、そっと咲耶の冷たい指先に触れる。
もう、そこに鼓動はなかった。
【成海(喉の奥でくぐもった声)】
「……ほんとに……いないんだな……」
【ト書き】
咲耶の口元には、ほのかに笑みが浮かんでいた。
彼女らしい、優しい笑顔。
それを見て、成海の目から、静かに涙がこぼれた。
【成海(囁くように)】
「……最後に、そんな顔で……ずるいよ……」
「俺、まだ……ちゃんと“好き”って、言えてなかったのに……」
【ト書き】
涙が頬を伝い、咲耶の手の甲に一滴落ちる。
成海は、もう震えることしかできなかった。
【成海(目を伏せて)】
「……ありがとう。咲耶」
「……ごめん。……ほんとに、ごめん……」
【ト書き】
ベッドの横に、折りたたまれた咲耶のスケッチブックがあった。
表紙には、新菜が描いたような草原と空。
きっと、最後に見たかった景色を思い浮かべながら、
咲耶はこの表情で旅立ったのだろう。
【ト書き】
成海はそっとスケッチブックを開き、
中に描かれた風景と咲耶の文字を見つけた。
『ここが私の好きな色。
この空と草原が、あなたに似合いますように。』
【ト書き】
涙が止まらなかった。
でも、それと同じくらい、あたたかな気持ちもこみ上げていた。
【成海(微かに笑って)】
「……また、笑ってたな……咲耶」
【ト書き】
そうつぶやいて、成海は彼女の額にそっと口づけた。
感謝と、別れと、はじまりのキス。
そして、
成海はその場を離れる前に、
最後にもう一度だけ、心の中で彼女に呼びかけた。
【成海(心の声)】
『ずっと、大切な人だった。……今も、これからも。』
『でも、俺……前を向くよ』
──
【柱:病院のロビー】
【ト書き】
ロビーに降りてきた成海の元に、咲耶の母親が駆け寄る。
目元を涙で濡らしながら、小さな封筒を差し出した。
【咲耶の母】
「……これ、新菜さんに渡してほしいって。
あなたと会えなくなったら、きっと辛い思いをする子だからって……」
【成海(小さく頷く)】
「……わかりました。俺が、届けます」
──
【ト書き】
夜が明ける。
空が、咲耶の描いた“あの空”と同じ色に染まりはじめていた。
【ト書き】
夜の病院は、昼間のざわめきが嘘のように静まり返っていた。
成海は息を切らしながら、無機質な白い廊下を駆け抜ける。
自動ドアをすり抜け、受付に飛び込んだ瞬間、声を荒げる。
【成海(焦燥の中で)】
「宮代咲耶っ……どこにいますか!? 今ここにっ……!」
【看護師(落ち着いた声)】
「落ち着いてください。……こちらへどうぞ」
【ト書き】
目の前の女性は優しい声だった。
だが、その“静けさ”が何よりも成海の心をかき乱す。
この空気は知ってる。
何かが、もう“手遅れ”だった時の空気だ。
──
【柱:病室前】
【ト書き】
扉の前で、足が止まった。
その向こうに彼女がいる。でも、今までのように“応えてくれる”彼女ではない。
【成海(低く、かすれた声)】
「咲耶……」
【ト書き】
ノブに手をかけることすらできない。
そのとき、後ろから看護師がそっと、あるものを差し出してきた。
桜色の封筒。
【看護師】
「……宮代さんが、あなたに渡してほしいと。
意識が落ちる前に、ずっと握っていたんです」
【ト書き】
受け取ったその瞬間、指先が震えた。
重さはないのに、心にずしりとのしかかる。
【看護師】
「……本当に、あなたのことを、大切に想われていましたよ」
【ト書き】
成海は何も言わず、ただ深く頭を下げた。
そして、扉の前を離れ、静かな場所を探して歩き出した。
──
【柱:屋上・夜】
【ト書き】
静寂。
風が少し強くなり始めていたが、それでもここには人の気配はない。
成海はベンチに腰を下ろし、手紙の封をゆっくりと切った。
その動きさえも、壊れ物を扱うように繊細だった。
【咲耶(手紙ナレーション)】
『成海くんへ』
『この手紙を読んでいるってことは、
私はもう、あなたの目の前にいないんだと思います』
『ねぇ、成海くん。
あなたと過ごした時間は、本当に奇跡だった。
好きになってくれて、ありがとう』
『でも私はずっと、気づいていたよ。
あなたの視線の奥に、あの子がいたこと。』
【成海(震える息)】
「……やめろよ……」
【咲耶(ナレーション続き)】
『でも、不思議だよね。
それでも私、全然イヤじゃなかったんだ』
『新菜ちゃん、いい子だもんね。
きっと、あなたが素直になれたら……』
『――ねぇ、もう我慢しなくていいよ』
『あなたが誰を愛しても、私はその人の味方です』
『だから、もう、前を向いてください』
『――私は、あなたに出会えて、本当に幸せでした』
『成海くん、大好きだよ……愛してる。』
【ト書き】
最後の行が、涙でにじむ。
それが、咲耶の“最期の言葉”だった。
【成海(堪えていたものが決壊して)】
「っ……咲耶……っ……」
【ト書き】
呼びかけても、もう応えてはくれない。
それでもなお、名を呼ばずにはいられない。
咲耶の残した言葉が、成海の心を真っ直ぐ突き刺す。
【柱:病院・咲耶の病室の前】
【ト書き】
静まり返った病棟の廊下。
あれから少し落ち着きを取り戻し、再度病室の前で止まる。
成海は、震える手で病室のドアノブに触れた。
少しの間、息を呑んだまま動けない。
心のどこかで、まだ“間に合っていてほしい”と願っていた。
でも、その祈りが届かなかったことは、もう分かっている。
それでも、見届けなければならない。
【ト書き】
ドアを開けると、
ほんのりと薄いピンクのカーテンが揺れていた。
その奥のベッドに、咲耶は静かに横たわっていた。
【ト書き】
目を閉じている咲耶の顔は、
痛みや苦しみを感じさせない、あまりにも穏やかな表情だった。
まるで眠っているだけのように──
【成海(小さく、震える声で)】
「……咲耶……」
【ト書き】
声をかけても、もう返事はない。
それがどれだけ現実味を持って迫ってきても、
成海はまだ信じたくなかった。
【ト書き】
ベッドに歩み寄り、そっと咲耶の冷たい指先に触れる。
もう、そこに鼓動はなかった。
【成海(喉の奥でくぐもった声)】
「……ほんとに……いないんだな……」
【ト書き】
咲耶の口元には、ほのかに笑みが浮かんでいた。
彼女らしい、優しい笑顔。
それを見て、成海の目から、静かに涙がこぼれた。
【成海(囁くように)】
「……最後に、そんな顔で……ずるいよ……」
「俺、まだ……ちゃんと“好き”って、言えてなかったのに……」
【ト書き】
涙が頬を伝い、咲耶の手の甲に一滴落ちる。
成海は、もう震えることしかできなかった。
【成海(目を伏せて)】
「……ありがとう。咲耶」
「……ごめん。……ほんとに、ごめん……」
【ト書き】
ベッドの横に、折りたたまれた咲耶のスケッチブックがあった。
表紙には、新菜が描いたような草原と空。
きっと、最後に見たかった景色を思い浮かべながら、
咲耶はこの表情で旅立ったのだろう。
【ト書き】
成海はそっとスケッチブックを開き、
中に描かれた風景と咲耶の文字を見つけた。
『ここが私の好きな色。
この空と草原が、あなたに似合いますように。』
【ト書き】
涙が止まらなかった。
でも、それと同じくらい、あたたかな気持ちもこみ上げていた。
【成海(微かに笑って)】
「……また、笑ってたな……咲耶」
【ト書き】
そうつぶやいて、成海は彼女の額にそっと口づけた。
感謝と、別れと、はじまりのキス。
そして、
成海はその場を離れる前に、
最後にもう一度だけ、心の中で彼女に呼びかけた。
【成海(心の声)】
『ずっと、大切な人だった。……今も、これからも。』
『でも、俺……前を向くよ』
──
【柱:病院のロビー】
【ト書き】
ロビーに降りてきた成海の元に、咲耶の母親が駆け寄る。
目元を涙で濡らしながら、小さな封筒を差し出した。
【咲耶の母】
「……これ、新菜さんに渡してほしいって。
あなたと会えなくなったら、きっと辛い思いをする子だからって……」
【成海(小さく頷く)】
「……わかりました。俺が、届けます」
──
【ト書き】
夜が明ける。
空が、咲耶の描いた“あの空”と同じ色に染まりはじめていた。