この手に愛と真実を〜クールな検事の一途な想い〜【書籍化】
「朝比奈さん、一日に何度もすみません」
相談室に矢島と共に現れた凛香は、昼過ぎにオフィスで別れたばかりでまたこうして会うことになり、恐縮しているようだった。
「気にしないでください。どうぞ」
「はい、失礼します」
簡易的なパイプ椅子なのが申し訳なくなるほど、凛香は丁寧にお辞儀をしてから座った。
「早速ですが、USBを見せてもらえますか?」
「はい、こちらです」
机にパソコンを広げた矢島に、凛香はバッグの中から取り出したUSBメモリを差し出す。
「ありがとうございます。こうしてデータをいただけるのは、とても助かります。少し時間はかかりますが、必ず解析して手がかりを掴んでみせますね」
どうやら凛香を落胆させたくないのだろう。
矢島はにこやかにそう言ってから、パソコンを操作した。
「さすがはワンアクトですね。かなりセキュリティーのしっかりした経理システムを使っているようです。鮎川社長はアクセス権限があるとのことでしたけど、おそらく閲覧だけですね。システムの入力も編集も、限られた数人が相互監視のもとで行っているのではないかと思います」
「えっ……。では当然副社長にも、編集する権限はないということですよね?」
凛香の言葉に、矢島は少し間を置いてから頷いた。
「おそらく」
「それなら、改ざんは無理だと思います。副社長は機械に弱くて、社内アプリも使いこなせないほどですから。メールのやり取りくらいしか、パソコンを使っていません」
「なるほど。ただ、管理人のログインIDとパスワードを入手すればアクセスできる。あとは数字の上書きをして改ざんしたのでは?」
「そんなに単純なものでしょうか。パスワードも、ワンタイムや顔認証などで二重、三重にロックを解除するような仕組みではないですか? それに数字の上書きだけで改ざんになるとは思えません。私もザッと目を通しただけですが、個々の記載は合っていて、項目別や全体で見ると数値がおかしい。とても巧妙な手口だと感じました」
矢島は返す言葉に詰まる。
(彼女の方が一枚うわ手だな)
礼央が心の中で呟いたとき、仕事用のスマートフォンに着信がきた。
失礼、と断って立ち上がり、窓際に移動して応答する。
「朝比奈だ」
『朝比奈検事、指示されたマンションに着きました』
先ほど凛香が到着する前に、彼女のマンション周辺の様子を見てきてくれと頼んでおいた刑事からの電話だった。
「ご苦労。様子はどうだ?」
『路地裏に不審な車両が一台あります。マンションのエントランスがかろうじて見渡せる位置です』
ピクッと礼央の頬がかすかに動く。
「画像を送ってくれ」
『はい、ただちに』
電話を切ると、すぐに写真が送信されてきた。
電信柱の影に隠れるように停まった一台の黒いワンボックスカー。
運転席にも助手席にも人の姿はない。
おそらくスモークフィルムを貼った後部シートから、マンションを見張っているのだろう。
(もしやとは思ったが、やはりフーメイが動いたか)
それにしても速い。
社長が経理システムにアクセスしただけで、すぐさま秘書のマンションまで張り込むとは。
礼央は刑事たちに、引き続きワンボックスカーの見張りと、鮎川社長の警護を指示するメッセージを送った。
相談室に矢島と共に現れた凛香は、昼過ぎにオフィスで別れたばかりでまたこうして会うことになり、恐縮しているようだった。
「気にしないでください。どうぞ」
「はい、失礼します」
簡易的なパイプ椅子なのが申し訳なくなるほど、凛香は丁寧にお辞儀をしてから座った。
「早速ですが、USBを見せてもらえますか?」
「はい、こちらです」
机にパソコンを広げた矢島に、凛香はバッグの中から取り出したUSBメモリを差し出す。
「ありがとうございます。こうしてデータをいただけるのは、とても助かります。少し時間はかかりますが、必ず解析して手がかりを掴んでみせますね」
どうやら凛香を落胆させたくないのだろう。
矢島はにこやかにそう言ってから、パソコンを操作した。
「さすがはワンアクトですね。かなりセキュリティーのしっかりした経理システムを使っているようです。鮎川社長はアクセス権限があるとのことでしたけど、おそらく閲覧だけですね。システムの入力も編集も、限られた数人が相互監視のもとで行っているのではないかと思います」
「えっ……。では当然副社長にも、編集する権限はないということですよね?」
凛香の言葉に、矢島は少し間を置いてから頷いた。
「おそらく」
「それなら、改ざんは無理だと思います。副社長は機械に弱くて、社内アプリも使いこなせないほどですから。メールのやり取りくらいしか、パソコンを使っていません」
「なるほど。ただ、管理人のログインIDとパスワードを入手すればアクセスできる。あとは数字の上書きをして改ざんしたのでは?」
「そんなに単純なものでしょうか。パスワードも、ワンタイムや顔認証などで二重、三重にロックを解除するような仕組みではないですか? それに数字の上書きだけで改ざんになるとは思えません。私もザッと目を通しただけですが、個々の記載は合っていて、項目別や全体で見ると数値がおかしい。とても巧妙な手口だと感じました」
矢島は返す言葉に詰まる。
(彼女の方が一枚うわ手だな)
礼央が心の中で呟いたとき、仕事用のスマートフォンに着信がきた。
失礼、と断って立ち上がり、窓際に移動して応答する。
「朝比奈だ」
『朝比奈検事、指示されたマンションに着きました』
先ほど凛香が到着する前に、彼女のマンション周辺の様子を見てきてくれと頼んでおいた刑事からの電話だった。
「ご苦労。様子はどうだ?」
『路地裏に不審な車両が一台あります。マンションのエントランスがかろうじて見渡せる位置です』
ピクッと礼央の頬がかすかに動く。
「画像を送ってくれ」
『はい、ただちに』
電話を切ると、すぐに写真が送信されてきた。
電信柱の影に隠れるように停まった一台の黒いワンボックスカー。
運転席にも助手席にも人の姿はない。
おそらくスモークフィルムを貼った後部シートから、マンションを見張っているのだろう。
(もしやとは思ったが、やはりフーメイが動いたか)
それにしても速い。
社長が経理システムにアクセスしただけで、すぐさま秘書のマンションまで張り込むとは。
礼央は刑事たちに、引き続きワンボックスカーの見張りと、鮎川社長の警護を指示するメッセージを送った。