すべての花へそして君へ①
欲求不満にあかねパンチっ!
「……ひな、くん……」
さっきまで、廊下には誰もいなかったはずなのに。いつの間にか彼は、おれから少し離れたところに立っていた。
(どっか、行って……)
今、彼を目の前にして、いつもの自分でいられる自信がなかった。ひなクンを……傷付けてしまう。
「ピッチャーとバッターの対決なだけだから、チェンジとかないんだけど。……ありがと、アカネ」
「……別に、ひなクンに言われたからじゃない」
だってもう、出てくる言葉に棘がある。最低。ほんと、彼に当たるのなんて間違ってるのに。
「アフターフォローもしっかりしてるんだ。すごいね、ひなクンは」
嫌だ。こんな自分。どっか行ってよ。お願いだから。
「……フォローなんかじゃ、ないよ」
「……ひな、クン……?」
「自分のことしか考えてない。あいつのことしか考えてない。みんなの気持ちをわかってて、それでも頼むオレが、……一番最低だ」
「ひなクン……」
彼が、こんなことを思ってるなんて思わなかった。それと同時に、どこまでも彼女のことを想ってるんだなと思った。
「どうして、こんなこと頼んだの……?」
「そ、れは……」
そう聞いたら、まるで叱られる前の子どものように、彼は身を竦めた。別に今の言葉に棘は入っていなかったと思うんだけど。それに、怒るつもりも全然ないんだけどな。
申し訳なさそうにしている、ちょっとかわいいひなクンに小さく笑って、そっと先を促してみることにした。
「……あのピッチャー、マウンド立つ前に、キャッチャーに球取りたくないって言われたんだ」
「……」
言ってる意味がわからなかった▼
どういうことだと、一生懸命頭を使う。
「それでさ、すっかり落ち込んで。……オレがしたのは無理矢理グローブ着けさせて、マウンドまで連れてって。三振を、ピッチャーのためにしてくれそうなバッターの選出。あとデッドボールをド直球で受けたくらい」
デッドボールに関しては、ちょっとよくわかんなかったけど。いや、他のことも全然わかんなかったけど、なんとなく雰囲気というか、感じは掴めたと思う。
「キャッチャーは無し。そんなもの普通は成り立たないけど、それでも無理矢理投げさせた。……時間で解決できるものもあるけど、そうじゃないものもあるからさ」
そして、彼が何よりも大事なもの。
今までだって、たくさん隠してたくせに。またそうやって、彼女の知らないところで助けてあげるんだね、君は。